第26話 ハッピー・バースデー
第06節 北へ〔3/6〕
◇◆◇ 美奈 ◆◇◆
この世界に来て、366日目。その日は、美奈たちが定めた、美奈たちのこの世界での誕生日。だから、『青い鈴』の食堂を借り切って、この一年に縁を持った人たちを招いて、盛大にパーティーすることにしたの。
招かれた人たちにとって、このパーティーの趣旨はわからないかもしれない。数え年で年齢を数えるこの世界では、正月を祝う事はあっても誕生日を祝うことはないから。でも、そんなことさえどうでもいい。それを口実に、皆が楽しい想いをしてくれれば、それで良い。
「だが、この日を記念日に、って、お前らにとっては誘拐された日だろう? むしろ悲劇のはじまりの日じゃないのか?」
うん、その通り。ギルマスの言葉は正しい。けどね?
「誕生日を祝うのはね? この世に生まれてきたことを寿ぐだけの意味じゃないんだよ。自分にとっては、去年より成長した自分、去年より多くのことを身に着けた自分を自覚して、来年に向けて気持ちを新たにする日だし、周りの人にとっては、その人が生まれてきたことで、出会う事が出来た〝縁〟のはじまりを慶ぶ日なんだよ?
確かに美奈たちにとって、この世界に連れて来られたのは、望んでいなかったこと。でも、この世界に来たから、ギルマスやプリムラさん、エリスちゃんやソニアさん、その他多くの人たちと出会う事が出来たんだよ?
なら、その縁のはじまりは、記念すべき日でしょ?」
美奈たちは、この世界に来てたくさんの人たちと出会った。騎士王や魔術師長、エラン先生みたいに、複雑な思いを向ける相手もいるし、イゴルさんみたいにもう会えない人もいる。
でも、この世界に来なければ、そもそも出会うことさえ出来なかったんだ。だから。
出来る限り多くの人たちを招いて、楽しい時間を過ごしてほしい。
実は、領主城にも招待状を出している。さすがに市井の安宿の食堂に、領主様ご一家がやってくることは難しいかもしれないけれど、でも美奈たちがこの世界で出会った人たちで、招く事が出来る人たちは皆招きたかったから。
「……似たような言葉を、聞いたことがあります」
その場にいたソニアさんが、ぽつりと口を開いた。
「我が国の、建国の前年。建国の地ネオハティスで。
我が国も、それ以前は月の運行で暦を定める『太陰暦』を使っていました。けれど、その年その日を境に、太陽の運行で暦を定める『太陽暦』に変更されたんです。
その、太陰暦が終わる日。太陽暦の始まる前夜。
後の建国王となられるアドルフ陛下が、演説されたんです。
《 太陽暦で日々を過ごすようになれば。毎年の記念日を自分たちの中に作ることも出来るようになる。例えば、誕生日。自分が生まれた日、自分がこの世界に出会った日。自分が、この世界の多くの人たちと出会うきっかけを得られた日だ。今までは、その日がいつかわからなかった。今年の〝冬の三の月の4日目〟と、去年の〝冬の三の月の4日目〟は、違う日を指していたからだ。だけど、これからは違う。〝12月4日〟は、いつも同じ日になる。
だから、比べられる。昨日と今日、先月と今月、去年と今年。
自分がどれだけ成長し、どれだけ変わったのか。
変化を知ることは、自分の生きた確かな証を知るってことなんだ。 》
と」
ああ。もう間違いない。やっぱり〝魔王〟さんは美奈たちと同じ世界の記憶を持っている人だ。もしかしたら、美奈たちと同じ世代の人かもしれない。
どうしよう。知れば知るほど、嫌いになれない。知れば知るほど、憎めない。
そして、知れば知るほど、超えるべき壁の高さを思い知る。
でも悔しいから、ソニアさんに聞いてみる。
「ねえソニアさん。どうしてそんなに詳しいの? 建国の前年ってことは、ソニアさんはまだ小さな頃でしょう?」
「我が国では、必修です。新暦祭の演説と、建国時の即位宣言は、国民全員暗記させられます。もっとも、陛下の前でそれを暗唱すると、陛下は転げまわって泣き叫ぶとも言われていますが」
……〝魔王〟さんの、意外な弱点。若い頃の演説の内容なんて、確かに黒歴史。もしかしたら、ギルマスに昔のエピソードを聞いておけば、直接対面した時の武器になるかも(笑)。
「それにしても、『アドルフ』陛下ですか」
武田くんがそう零す。うん、美奈も実は気が付いた。「アドルフ」って、ヒットラーのファーストネーム。自分から〝魔王〟って自称している?
「ドレイク王国。『竜王国』と考えれば普通かもしれませんが、『エンデバー号』のネーミングセンスを前提に考えれば、むしろ〝悪魔の竜〟『フランシス・ドレイク』が元ネタでしょうね。
これで『ゴールデン・ハインド号』という船を持っていたら、もう間違いないんですが」
「どうして、その名をご存知で? それは、リンドブルム公爵が副艦長として、ラザーランド提督と共に最初に世界周航を果たした船の名前ですが」
……〝魔王〟陛下が、重篤なレベルの厨二病患者だった件について。
否、厨二病患者は妄想で終わるけど、実現しちゃった〝魔王〟陛下は、手の施しようのないレベル。「どうしてこんなになるまで放っておいたんだ!(AA略)」って言って、医者が絶望しちゃいそう。……ショウくんと、話が合ったらどうしよう?
◇◆◇ ◆◇◆
もしかしたら、剣や魔法を磨くより、オタネタに対するツッコミ力を磨いた方が、〝魔王〟陛下に有効かもしれないと思ってしまう衝撃の事実を知ったけど、それはまた将来の話。それこそ来年の抱負。
今は取り敢えず、美奈たちの〝バースデー・パーティー〟を盛り上げることを考えないと。
〔倉庫〕に秘蔵されている燻製肉や熟成肉とか、薬草類(中には魔法薬の材料になる物もある。使い方によっては調味料代わりにも使える)を卸値無視で使いまくり、多くの料理を作ってみる。この辺りでは稲はなく、麦中心だけど、オリーブオイルをはじめとする植物油はかなり安価に流通しているから、炒め物や煮物だけでなく揚げ物も。飯テロする程のレパートリーはないけれど、それでも簡単なお菓子も作ってみた。〔倉庫〕に設えた調理場と、『青い鈴』の食堂の厨房両方を併用すると、調理時間をかなり短縮出来る。それこそ魔法のように多様にして大量の料理を、短い時間で並行して調理出来るの。
そして、一人また一人と招待客が訪れる。旅団【縁辿】からの、この一年の感謝の宴だから、遠慮なく飲み食いして行ってと伝えてある。でも何故か、来る人たちは皆、手土産を持って来てくれていた。
宴に供する酒や料理。孤児院のローザ院長は院の子供たちが作ったスカーフを。革職人のオットーさんは革製の手提げカバン。日用に使い易いモノだった。
簡素な(けれど上質な)服に身を包み、領主一家もやって来た。一部の人たちは気付いたみたいだけど、この場では皆空気を読んで気付かないふりをしてくれた。ローザ院長と公妃殿下が親しく会話していたのが、嬉しかった。
これが、この風景が。美奈たちの一年間で、得たものでした。
(2,998文字:2018/02/19初稿 2018/09/30投稿予約 2018/11/13 03:00掲載予定)
【注:『ゴールデン・ハインド号』は、艦隊提督として初めて世界周航を果たした、イギリスの海賊(私掠船艦長)フランシス・ドレイクの、座艦の名前です。なお、出港時は『ペリカン号』と呼ばれていたそうです】
・ 時間のかかる煮込み料理やパン(イースト菌)の一次発酵、その他料理の下拵えを〔倉庫〕の中で作業すれば、どんな料理もあっという間♪ 「さあこれを、弱火でコトコト煮込みましょう。〝0〟。そしてこれが、一昼夜煮込んだシチューです」




