第25話 一年
第06節 北へ〔2/6〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
領主の城から戻って十日ほどが過ぎると、ボクの腕時計のカレンダーが「12月31日」を指しました。ボクの時計は、この世界に来た日を2000年1月1日にセットしているから、今日は365日目。今日で丸一年が経過する、という事です。
また、ボクらの年齢は「16歳」としています。けど、転移した日から自分の誕生日までの日数で満年齢を計算すると、ボクの時計のカレンダーに表示される日付と現地の暦の日付と、そして実際の誕生日の日付が、全てバラバラになります。また経過日数の話をすると、〔亜空間倉庫〕で過ごした時間で更に大きくずれます。実際、その時間を加算した飯塚くんの時計は、もう2001年10月を過ぎていますから。
だからむしろ、数え年の考え方で、外界で365日が経過したら歳を一つとる(つまりボクの時計のカレンダーで1月1日を誕生日と決定する)というルールにしました。現地の暦の通り正月で歳をとるのではなく、ボクの時計のカレンダー基準にするのは、ボクらが異世界人でありこの世界の人間じゃないというこだわりです。
この一年間は、言うまでもありませんが色々ありました。勿論「異世界転移」なんていう異常から始まった一年ですから、それまでと同じような日常のはずはありません。
そして、たった一年。正味九ヶ月で冒険者ギルドのランクが木札から銀札に上がったこと。けどこれは、ゲームやラノベなら『すごく早い』と主人公Sugeeeのネタかもしれませんけれど、この世界の冒険者は、普通に戦闘力があって真面目に依頼を請けていれば、一年あれば銅札までは上がれます。
その上で礼法に通じていれば、すぐ銀札に昇格出来るのです。もっとも、「貴族の礼法に通じている」人が何故冒険者などというヤクザな商売をしている? という事が逆の疑問になりますが。
実際、松村さんは今日冒険者を廃業しても、明日には領主城で礼法と武道の教育係として就職出来るでしょう。そもそも冒険者などという職業は、「他の仕事に就けない」人がなるモノですから。
そしてこの一年。毎日寝食を共にした仲間たち。
ボクは実は、昔松村さんに憧れていました。とは言っても、松村さんは美人だし頭も良いし才能もあるから、男子の多くは松村さんとお付き合いすることを一度は夢想していたでしょうけれど。
けれど、この一年。松村さん(だけでなく髙月さんもですけれど)に対して、劣情を抱くのは難しいです。歳の近い姉や妹、という感覚で、その下着姿や全裸を見せられても、「みっともないから仕舞いなさい」みたいな感想になるのです。「ここには身内しかいないからいいけれど、油断して外でそんな振舞いをしたら男に襲われるぞ」って。
否、エッチな気持ちにならない訳じゃないです。夜に二人の裸を想像して処理したことなど、もう数え切れませんし。けどその劣情を、現実の二人に向けることは、難しいのです。
「愛する人の為ならば、死すらも厭わない」。そんな台詞を口にする主人公がいました。けどボクは、松村さんの為に死にたいとは思いません。松村さんの幸せの為に生きたい。恋愛なんて、その果てにあるモノでしょうから。
◇◆◇ 雫 ◆◇◆
皆はどう思っているのかは知らない。けれど、あたしはこの世界に転移したことが、幸運だったと思っている。
昔のあたしのことを、多くの人は「完全無欠」だと評した。
けど、今になってみれば良くわかる。何のことはない、「何も持っていない」から「欠けたものが無い」だけだったんだ。
その逆が、飯塚だろう。彼は「多くのモノを持っている」から、「その全てについての不足している部分」を気にしていたという訳だ。
柏木も似たようなものだ。「オレは莫迦だから」とよく言うが、それもまた、彼は理想とする自分を明確に描いており、そこに至っていない自分を自嘲していただけだった。
だけど、今のあたしは多くのモノを持っている。この一年で、多くのモノを手に入れた。その全てがこの〔倉庫〕に収まっていることは、不思議と言おうかなんと言おうか。だからこそ、至らない自分が不甲斐ない。
そして。「男女がひとつ所で生活したら、必ず問題が起きる」。よく言う話だ。教師などの大人は皆口を揃えてそう言うだろうし、アニメや漫画では良くて15禁、普通なら18禁の内容になる。
けど。あたしは一度として、それを不安に思ったことはない。
男子一同を信頼しているから。勿論それはある。信用出来るから。当然だ。
だけど、それだけじゃない。例えば男子の前で全裸を晒して、男子が堪えきれずに押し倒してきたら。
あたしは、形だけ抵抗した挙句、それを受け入れてしまうだろう。
時々、夢に見る。
生まれたばかりの赤ん坊に、授乳している自分の姿。
近くには、美奈と飯塚の夫婦と、その間に生まれた子供(何故かいつも双子)と遊ぶ、今より少しだけ大きくなったエリス。場所は当然、〔倉庫〕の中。
そしてあたしの傍らには、武田と柏木の二人。
「どっちの子供だ!」と自分にツッコミを入れながら目を醒ますのが、いつものその夢のオチだ。
あたしは、〝彼ら〟を愛している。その〝彼ら〟というのは、武田と柏木の二人だけを指している訳ではない。美奈と飯塚、そしてエリスも同じくらい愛している。男女間の恋愛感情、性欲に根差す劣情とは違う、純粋な愛情だ。
何にしても、あたしらは皆、運命共同体。以前美奈が言ったとおり、あたしらは「一人にも、四人にも」なれない。なら当然「二人にも、三人にも」なれないだろう。そうなるのは多分、元の世界に戻る方法がわかった後。その時、あたしの隣には他の男がいるのかもしれないし。
◇◆◇ 宏 ◆◇◆
小さい頃。よくオレと遊んでくれた親戚の兄さんがいた。
兄さんは大学を中退し、家の仕事を手伝わされ、だから周りから落伍者と扱われていた。「子供の遊び相手くらいしか出来ることが無い」。オレがその言葉を理解出来ないと思ったのか、オレの前で兄さんにそう言った人もいた。
だからオレは、昔から人間が信じられなかった。人は皆、向き合う相手によってころころと言葉を変えるから。兄さんの両親(俺の大伯父たち)の前では兄さんのことを「大器晩成型だ」なんて言いながら、本人の前では平然と罵倒する。そんな人を、当たり前に見ていたから。
だからオレは、まるで生まれる前から仲良しだと言いたげな、飯塚と髙月のカップルが気持ち悪かった。あの二人だって、お互いが見ていないところでは相手のことをどう言っているか知れたもんじゃない、と。
だけどこの一年。隠し事など持ちようもない環境で生活をし、確かに信じることが出来る安心感を、彼らからもらった。信じれば、信じてもらえる。そんな確かな関係もあるのだ、と。
そして。
もう七年も前に、行方不明になった兄さん、「入間史郎」の手がかりを、この世界で見つけたんだ。
(2,922文字:2018/02/19初稿 2018/09/30投稿予約 2018/11/11 03:00掲載予定)




