第21話 会食、そして
第05節 領主城〔3/5〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
この、領主である公爵への謁見。これは、その内実は略式の論功行賞だ。『マキア戦争』は、スイザリアにとっては負け戦。だからこそ、戦功者を賞することで、市民に話題を提供し、負の印象を払拭する。その戦功者が平民の冒険者となると、市民にとって身近な人間が英雄になる訳だから、ウケも良い。
それでいながら、賞する対象はギルドマスターと冒険者。貴族でも騎士でもなく、専従軍人でさえない一方、問責の対象が小領主とはいえ領有貴族。となると、通常の論功行賞を行うと、貴族の権威が失墜する。
だから、公爵とはいえ一領主の立場で、戦功者である平民に対し、直接の言葉で褒め称え金一封を渡し、後に市民に対し「平民である冒険者が彼の戦争で功績を挙げた」と広告することで、お茶を濁すという事だ。
勿論、俺たちにとっても否やはない。というより、目立つことも貴族に取り込まれることも嬉しくない俺たちにとっては好都合。むしろ感謝したいくらいだと言える。
けれど、すぐにその気持ちを撤回したくなった。このまま公爵一家と会食することになったからである。
◇◆◇ ◆◇◆
モビレア公爵。12年前に代替わりをしている。
例の〝星落し〟の事件の際。先代モビレア公は、その『悪業』の中核的な立場にいたらしい。〝星落し〟の結果(本人は無事だったが)都市と領の名声に甚大な被害が生じた。加えてその後の『フェルマール戦争』では、モビレア領軍を中核とした侵攻軍が、領都でも城塞都市でもない一地方都市の、騎士団でも正規軍でもない市民兵を攻略出来ず、撤退させられることになった。その事実から精神を病み、その後しばらく支離滅裂な命令を下し部下と領内を混乱に導いた。最終的には現公爵が半ば無理矢理先代を幽閉同然に療養させ、爵位を承継したのだという。
その意味では、ギルマスの戦友でもあるのだが、お互いの立場と事情、そして何より「口実」が無く、余人を交えず言葉を交わす機会が、今までなかった、ということだ。
だから、この会食は本来、俺たちを出汁にしたギルマスと領主の会談。にもかかわらず、俺たちの礼服(高校の制服)が、その意味を蹴散らしてしまった。
「それが、其の方らの国の礼服、か?」
「はい。私たちの国は、男女の別を問わず20の歳を以て元服と看做されます。成人後の礼服は、職業や立場により様々なものがありますが、未成年者の礼服は、基本的にこのようなものに統一されます」
応えるのは、松村さん。男子だと付け焼刃の礼法にボロが出る可能性があり、また美奈は、……先程から一言も喋らない。何か、あったのか?
「その〝誓約の首輪〟は、騎士王国で着けられたものと聞く。それを踏まえて其の方らは、これからどうするつもりだね?」
「当時の私どもは、〔契約魔法〕について無知でした。その無知に付け込み〔奴隷契約〕を強要した騎士王国に対しては、感情的な反発があります。けれど、一度交わした〔契約〕である以上、それに従うのが義に適うと考えます。
勿論、全てが終わった後で、相応の落とし前は付けさせていただきたいと存じますが」
「そうか。其の方は、見た目に反して随分苛烈な性格をしているようだな。否、失言だった。見た目通り嫋やかであっては、冒険者は務まらないか。
では、もし其の方らが望むのなら、余が其の方らの〔契約〕遂行の為の支援をしても構わない、と言ったら?」
「有り難いお言葉ですが、ご遠慮申し上げます。公爵閣下のお力添えで〔契約〕を成し遂げたとなれば、それはすなわち私どもには〔契約〕を成し遂げる能力がない、という証明になります。自らの手で成し遂げてこそ、〔契約〕満了後に騎士王陛下と目線を合わせてその後の話を行う事が出来るのだと思います」
「そうか、わかった。否、違うな。
では、もし領内で余の助力を必要とするのであれば、いつでも申し出なさい。無償で、とは言わないが、相応の対価を以て助力させてもらうこととしよう」
「有り難うございます。その時は是非にも頼らせていただきます」
さすがは公爵、と言うべきか。無償の善意などというモノを約束するのではなく、「有償で」とすることで、俺たちとのパイプを確保した。そして、金銭を介しギブアンドテイクが成り立つ状況でなら、俺たちも領主に縁を繋ぐことはメリットがある。
と。
難しい話に飽きたのか、公女殿下(御年11歳)が口を開いた。
「ねぇ! 冒険の話を聞かせて? 今までで一番面白かった冒険と、一番大変だった冒険は?」
「はい。一番面白かったと思える冒険は、やはり最初に行った宝石魔獣討伐だったでしょうか?」
「それはどんなだったの?」
「はい、それは――」
「〝1〟〝8〟〝2〟」
いきなり、美奈がコールする。
〝1〟、つまり、敵襲。
〝8〟、つまり、散開。
〝2〟、つまり、強襲。
俺たちの戦術パターンは、基本「先手必勝」「一点集中」「攻撃は最大の防禦」だ。だから、〝8〟と〝2〟が同時にコールされる状況というのは、まずありえない。
だけど、現状は。ここには公爵一家がいる。もし彼らの身に毛筋一つでも傷が付けば、俺たちの首が物理的に飛ぶだろう。だから、死んでも守らなければならない。なら。
〝1〟〝8〟〝2〟。これは、「敵襲。散開して公爵一家を守りつつ、攻勢防禦」という意味になる。
現実にはこんな長々考えていた訳ではない。コールと同時に動いていた。
全員一挙動で立ち上がり、美奈と武田は公爵一家の許に走る。
松村さんは襟元からネクタイを抜き取り、柏木は腋の下からクボタンを抜き、俺は腰からベルトを外す。
俺のベルトのバックルは、ステンレス・スチール製のバックルナイフ。そしてベルトそれ自体は、パラシュートに使われるナイロン製のロープ「パラコード」を編んで作られた、パラコード・ベルトだ。
パラコードは、ナイロン製の糸7本を縒り合わせて3.5mm径のロープにし、更にそれを編み上げて幅4cm程度のベルトにしているものだ。解けば30m超のロープになり、それは美奈の裁断バサミでもない限り容易に切断出来るモノではない。そして編み上げられたベルトは、それにより耐衝撃性も持ち合わせている為、たとえ鉞を持ち出しても容易に切断することは出来ないだろう。況やこの世界の、貧弱な武具では。
あとは、度胸。直径おおよそ5cmのバックルと、幅4cmのベルトで、刃渡り数十センチの長剣を受け止められるか。
だけど俺とて、この世界で伊達に修羅場をくぐってきていない。今更襲撃者如きに、遅れは取らない!
(2,943文字:2018/02/17初稿 2018/09/30投稿予約 2018/11/03 03:00掲載予定)
・ 先代モビレア公爵は、現公爵襲爵の数年後に病死したと発表されました。が、幽閉先で現公爵に毒を盛られたのだとか、そもそも辺鄙な場所での幽閉だったから冬の寒さに耐えきれず凍死したのだとか、それ以前に餓死したのだとか、爵位承継に際して現公爵は先代公爵を暗殺し、その死体を山に埋めたのだとか、様々な噂が飛び交っています。
・ パラコードは、火に弱いという弱点があります(飯塚翔くんの持っていた「ペンシルトーチ」は、パラコードの末端処理用)。また、張力を掛けた状態での一点衝撃にもそれほど強いとは言えませんので、登山用具等として使うのは危険です(詳細は「ナイロンザイル事件」を検索してください)。半面、編み上げた状態(テンションがかかっておらず且つ編み上げることで空気(空洞)を内包する状態)での衝撃干渉力は、尋常じゃないです。神聖鉄製の武具に対してだとどれほどの防御力を有するか。試したくないですね。
・ 平成30年6月に、新幹線の中で刃物を持った男が暴れるという事件があり、後に「ベルトを盾にして取り押さえれば良かったじゃないか」とネット上で発言した人がいたそうです。が、素人は刃物を持った相手に、どのような形であれ接近すべきではありません。プロに言わせれば、「距離を置いて、物を投げるのがベターだ」とか。
・ ナイロン(nylon)繊維は、もともとストッキングの生地として生まれました。その為その語源は「〝Now You Lousy Old Nipponese〟(古い日本製品はもうダメだ)」だという説や、「農林(日本農林水産省)をひっくり返す」という説もあるほど、日本ブランドが大きな影響を与えています。なお、両説はあくまで俗説です。




