第20話 登城
第05節 領主城〔2/5〕
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モビレア冒険者ギルドのギルマス・マティアスと、その秘書・プリムラは、彼らの用意した礼装を見て、彼らが全く異なる世界から来た少年少女であるという事実を強く思い知った。
素材は絹か毛か、不思議な光沢を持つ衣装。意匠は男女で違うものの、基本的なコンセプトは同一。女子は貴族女性のようにスカートだがこちらの方がはるかに活動的。否、『行動』を前提にデザインされていることがわかる。そして、平民でありながら礼装を、恰も普段着の如く着こなしている。
その時点で、「平民に高度な教育を施す環境」という、一種信じられない世界からやって来たというのが事実だとわかる。
そしてこの地方では異彩に過ぎないその黒髪に、誂えたかのような鬘で長く見せた髪を、正しく貴婦人の如く編みこんで。
また、短いスカートの丈から覗く脚は、インナークロースに覆われて肌を隠し。けどそのファッションの在り方に、マティアスもプリムラも、似たコンセプトの衣装を知っていた。
北の、『ドレイク王国』。そこで〝メイド〟と呼ばれる『有翼騎士』たちの制服が、正しくそれだ。その点からも、彼らと〝サタン〟のルーツが同じであることが窺える。
「では、行きましょうか」
シズの言葉で我に返ったマティアスたちは、彼らを馬車に招き、領主の城に馬を走らせた。
◇◆◇ 美奈 ◆◇◆
うん、ギルマスたちが驚いているのがよくわかる。美奈たちの学校の制服は、男女ともにブレザー。だけど、ブレザーも元を辿れば軍服。確か、将校用の乗馬服を平服に改造したものが元だったはず。だから、失礼ながら野暮ったいギルマスの衣装より、またどうしても村娘らしさが抜けきれないプリムラさんの衣装より、洗練されたものなのです。
そして、おシズさんの礼法講座は実は今現在も続いています。おシズさんが「他は忘れても良いけれど絶対に忘れてはいけないモノ」と言った礼法の極意は三つ、〝呼吸〟〝末端〟〝機能〟。
一つ目の〝呼吸〟。これは二つの意味があり、一つはそれを乱さない、つまり「慌てない・もたつかない」という意味。もう一つは、そのペース。普通に呼吸していれば、そのスピードはいつも一定だし、人はだいたい同じペースで呼吸するんだそうです。だから、自分の呼吸に合わせて行動すれば、集団行動するときに、仲間と「息が合う」から、美しく見えるのだそうです。これは当然、初対面の相手に対してもそう。
二つ目の〝末端〟。これも二つの意味があり、一つは手先と足先、もう一つは行動の始めと終わり。例えば、指先をピンと伸ばす。これだけで、姿勢は綺麗に見えます。また坐っている時、男性は膝を拳一つ分開けて、女性は膝を合わせて、そして踵と爪先は平行に。特に女性の場合、脚が開いているとみっともないですし、足がハの字になっていると格好悪いから。
加えて、躓いたり転んだり、または物を運ぶときそれをひっくり返したりするようなトラブルは、行動を開始した直後か行動を終了する直前が多いのだそうです。つまり、これも「行動の末端」です。
三つ目の〝機能〟。これは「物の機能を考える」ということで、手足や道具の合理的な使い方・動かし方のことです。例えば椅子は「坐る為の物」。「乗っかる為の物」じゃありません。なら、体重全てを椅子に預け、背もたれに背中を付けてしまうと、背が丸まりあまり美しくはないでしょう。またこの世界の馬車のようにサスペンションの効いていない馬車で体重全てを預けてしまうと、その振動が直接身体に伝わるので、酔い易く疲れ易くなります。背筋を伸ばして椅子に浅く腰掛け、そして重心をお尻と足に分散すれば、見た目も綺麗だしその振動も上手に吸収出来るのです。
また、レディーファーストという作法。これが男尊女卑だの女尊男卑だのという論争がありますが、そんなことはどうでもいいとして、「レディー」ではなく「目上の相手」「保護すべき対象」と考えれば、それも一つの礼法。例えば、段を上る時は女性が先。降りる時は、男性が先。これは、万一女性が足を踏み外しても、下にいる男性が支える事が出来るようにという事です。だから馬車の乗り降りなどに際しては、女性が奥で男性が手前に坐ることになります。そして今回は人数比の問題で、ショウくんは美奈の、武田くんがおシズさんのエスコートをそれぞれし、柏木くんは先触れ役。抜剣出来る姿勢で先に降り、公爵家の衛士に役目を引き継ぎます。
歩くときは、真ん中に柏木くん、一歩下がって左右にショウくんと武田くん。二人の後ろにおシズさんと美奈が続く形です。そして衛士の詰め所で美奈たちは腰に帯びた剣を預けます。この時も、剣帯ごと外し、必ず鞘を両手で持ち、また柄を左側に向けます。これは、受け取る相手がその剣を抜き易いようにという意味と、逆に自分は容易く剣を抜けない形をとることで、敵意が無いことを示すのです。
次いで、衛士さんの魔法を受け入れます。あとで知ったのですけど、普通の〔収納魔法〕、〔亜空間収納〕は、術者の傍らに魔力の偏差が生まれるので、すぐにわかるのだそうです。だから、美奈たちには意味のない検査です。
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お城の控室に入っても、ギルマスもプリムラさんも、言葉を発しませんでした。ただでさえお城の雰囲気に呑まれている上に、美奈たちの振る舞いに圧倒されている気配さえ漂っています。
一方の美奈たちは。確かに、物珍しさはあります。騎士王国の城は長年外敵に曝されたことはなかったとはいえ、戦城。優美さよりも武骨さの方が先に立ちました。対してモビレアの城は、ただでさえまだ築10年足らずの上、城砦として機能させることは事実上考えられていません。だから必要以上に華美なところがあり、芸術的に目を惹きます。
けど、「きょろきょろするのはお上りさん」とはよく言う言葉。そしておシズさんの礼法講座が続いていると考えると、好奇心より後での補習に対する恐怖の方が大きいのです。なんせ、〔倉庫〕の中を何十周も歩かされるのです。走るのではなく、歩くのです。ただただ歩くのです。姿勢や目線、足運び。事細かに指摘されて、足に力が入らなくなってもまだまだ歩かされるのです。その苦行から逃れられるのなら、好奇心を捩じ伏せることくらい、何でもありません。
手先と足先、そして姿勢を正し、呼吸を整えて意識を研ぎ澄ます、つまり〝瞑想〟します。美奈の場合は、〔泡〕を城中に飛ばし、城の敷地内全てに神経の糸を張り巡らせます。必要のないことだとは思いますが、〝瞑想〟とは「何も考えないこと」じゃなく「深く静かに考えること」だと言いますから、瞑想の代わりにちょうどいいのです。
すると、〔泡〕が案内役の人が控室に向かってきていることを教えてくれました。
(2,955文字:2018/02/16初稿 2018/09/30投稿予約 2018/11/01 03:00掲載予定)
・ 魔王国の『有翼騎士』の制服のインナーは、跨いで騎乗することを前提にしている為、ソックスやタイツ(ストッキング)ではなく、乗馬ズボンです。むしろスカートの方が、「ズボンの飾り」という性質を持ちます(というか、暗器の隠し場所だったり)。
・ 「裾が短い」と、貴族社会では「充分な布地を用意出来ないほど困窮している」と解釈されます。だから、ずるずると引き摺るくらいの裾丈の方が好まれます。が、ミニでも洗練されたデザイン。これは、「重ね着」の思想に端を発し、日本人にとっては当たり前のことですが、今後のスイザリアの社交界には、小さからぬ影響を与えるでしょう。
・ ギルマスにとっては、彼らに対する礼法講座の集大成にして本番。けれど松村雫さんにとっては、単なる実地演習。多分、最短でも元の世界に戻るまで、雫さんの意向としては、自分たちの〝縁〟が切れるまで、この礼法講座を続けるつもりなのでしょう。
・ 剣を衛士に渡すときも、作法があります。ちなみに日本の作法では、目線の高さに持つ(「目通り」)は目上や神に捧げる場合、肩の高さで腕を伸ばして持つ(「肩通り」)は膳を運ぶときなど息がかかると失礼に当たる場合、胸の高さで持つ(「乳通り」)は同輩や目下相手。だからこの場合、作法としては「乳通り」になります。




