第18話 マキア戦争の後始末
第04節 Cランクの日常〔4/4〕
◇◆◇ 美奈 ◆◇◆
「よう、嬢ちゃん。久しぶりだな」
その日。冒険者ギルドに顔を出していたら、後ろから声をかけられたの。
「え? あ、【暁の挑戦者】の――」
「おう、元気そうじゃねぇか」
そう。この人は、美奈たちがプリムラさんに試験してもらった時の、本来のプリムラさんの護衛依頼を受件していた冒険者旅団の一人なんです。
「お久しぶりです。無事マキアから戻ってこれたんですね?」
護衛クエストを請けていた。つまり、銅札以上。なら、行軍中には会えませんでしたけど、『マキア戦争』に出征していたはずです。
「否、うちのパーティは出征していない。あんな大義の無い戦争に関わって民間人を虐殺するだなんて、参加する冒険者の人間性が疑われるよ。あんな戦争に身を投じるくらいなら、田舎に帰って畑を耕していた方がいいくらいだ」
言っていることは、凄く正論。だけど何だろう? このもやっとした気持ちは?
そうこうしているうちに、その冒険者さん(そう言えばまだ名前を聞いていない)の順番が来たらしく、窓口に向かっていった。
そして、美奈とその冒険者さんの会話の一部始終を見ていたらしいプリムラさんに手招きをされ、打ち合わせ室に連れていかれた。
「今回のマキア戦争について、ちょっと裏事情というか政治事情を、貴女たちには話しておきますね?」
「嬉しいですけど、いいんですか? 一介の冒険者が耳にすべきこととは思えませんが」
「貴女たちの見聞きするものは全て、〝縁〟を辿り〝彼〟に至る道を形作ります。なら、可能な限り多くの情報を貴女たちの耳に届け、貴女たち自身で判断させろというのがギルマスからの指示です。ですので、遠慮は無用です。
まず、スイザリアはマキアから手を引きます。実質的な敗北を認めるということですね。とはいえスイザリア王家はマキアを諦めるつもりはないでしょうから、時期を見て大規模な侵攻作戦が計画されるものと思われます。
次いで、その敗戦の責任。そもそも今回の戦争は、『反乱鎮圧』のつもりでした。その為主力は中央の騎士団ではなく領兵・民兵、そして冒険者。そうなると、領兵を動員しまた民兵や冒険者を徴兵した領主貴族が責任を問われ、貴族は冒険者ギルドに責任を追及するのが常道です。
ところが今回の戦争の場合。派遣軍の中核になっていたのがモビレア公爵領軍。その周辺小領とそれらに属する冒険者ギルドが徴兵した冒険者で構成されていたのですが、領主貴族の多くが、うちのギルマスに対する嫌がらせの一環としてサボタージュを行っていたことが明らかになっています。同時に、モビレアギルドに所属する冒険者たちに対する、出征妨害。
これは、出征依頼を請けた冒険者当人たちが徴兵を拒否したのも事実ですが、これは強制依頼である以上、本来拒否権はありません。けど、拒否出来る道を貴族たちが作ったという事は、当然それがモビレアギルド――ひいてはモビレア公爵――に対する妨害工作となります。
それに対してモビレアギルドは、本来の徴兵枠である銅札から鉄札まで対象を広げました。その結果出征することとなった鉄札の冒険者である貴女たちが、戦功を挙げた唯一の帰還兵となった。これは、同時にモビレア冒険者ギルドの功績として評価されています。
当初イメージされていた戦況の推移を考えると、最後のドレイク王国軍の軍艦との戦闘のみは別物として、マキア領内のゲリラの掃討それ自体は貴族たちのサボタージュがあっても可能なはずでした。その場合、貴族たちは戦功を認められないとはいえ、何か責を問われるものではありません。敢えて言えば、モビレア公爵閣下より口頭で叱責されて、それで終わる話だったでしょう。
けれど、全軍全滅。こうなると、誰かが責任を負わなければなりません。仮令、それが近衛騎士団だったとしても同じ結果になった、と言っても、そんなことは言い訳にはならないのです。せめて、この結果を公表する際の生贄の羊は必要でしょう。そのスケープ・ゴート役に、周辺小領の貴族の誰かが選ばれることになります。それを回避する為に、貴族たちは、うちのギルマスに執り成しを求めに来ているのが現状です。
その一環として、モビレアギルドから転籍した冒険者たちの、復籍。本来のギルドの規約からすると、逆に復籍を認めるべきではないのですが、そもそも今モビレアの銅札以上の冒険者の数が減っていますから。それを補う為の仕儀でもあります。とは言っても、彼ら『出戻り組』は、強制依頼拒否に伴う一定の罰則が課せられ、今後のクエスト報酬から天引きされる負債となっていますけれど。
ついでに、その執り成しの条件のひとつが、貴女たち【縁辿】が銀札に昇格する為の支援でもあります。
お話しております通り、貴女たちが戦功を挙げた唯一の帰還兵ですので、貴族の前に出向く機会はこれから増えます。
勿論当初の約束の通り、可能な限りの雑音はギルド側で遮断しますが、少なくともモビレア公爵への謁見だけは避けられない見通しとなりました。だからそれまでに、貴女たちに銀札への昇格かそれに値する技能を身に着けておいてほしかったんです」
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
プリムラさんの話を聞きながら、俺も少々考えることがあった。
今回の『マキア戦争』。終わった今になってみると、疑問が残る。
まず、貴族たちのサボタージュ。
考えなしの貴族が、ギルマスに対して嫌がらせをした。敗北したとしても、自分たちの領地に被害が出ないから構わないと思った。
それは一見、どこででも見られるただの権力闘争。だが、「貴族と冒険者ギルドのギルマス」の間で行われることではなく、また「公爵領の領都であるモビレアのギルド」に対する嫌がらせは、そのまま公爵に対する敵対行動と解釈することも出来る。
そして、プリムラさんは今、「最後のドレイク王国軍の軍艦との戦闘のみは別物」と言った。それを、モビレア公爵やスイザリア国王は、知らなかっただろうか?
そういった疑問を前提に、今回の戦争を考えてみる。
例えば、中央から派遣されてきた騎士団並びに将軍。十字軍という前例があるから、騎士団が戦場に於いて紳士的に振る舞う、などという幻想はない。けど、それにしても下調べもせず敵の拠点と決めつけ、村を女子供一人の例外も出さずに虐殺する。さすがにこれは、行き過ぎではないだろうか? 武田は、「憎悪の種子を残さない為に必要だった」と言ったが、あり得ない。仮にこの戦争にスイザリアが勝利していたら、また別のゲリラが生まれることになる。統治を考えれば完全に逆効果だ。
最後に、「ドレイク王国の軍艦」の問題が残るのなら。
スイザリアは、全滅することは想定外だったにしても、敗北することを前提に軍を動かした。その為に失っても問題はない人材を将軍に選んだ、という事なのだろうか?
(2,976文字:2018/02/16初稿 2018/09/01投稿予約 2018/10/28 03:00掲載予定)
・ 出征拒否した冒険者の復籍を認める。これは、「強制依頼」を拒絶した冒険者に対する懲罰権を、モビレアギルドが行使することを認める、という意味にもなります。
・ スカルパ男爵も、ギルドに対して妨害をした貴族の一人。だけど早期に領主とギルマスに詫びを入れ、幾許かの金銭を支払いまた飯塚翔くんたちに対する礼法講座を男爵夫人が無償で引き受けることで、手打ちとされました。その「妨害」の内容も大したことではなかった、という理由もありますが。
・ ちなみに、もしスイザリア軍が勝利していたら。マキア再統治に関するあらゆる利権に、周辺小領は関わることが出来なかったでしょう。一方で、もしギルマスが領主経由で周辺小領に協力するよう働きかけていたら。その結果一人でも冒険者を派遣した領主は、最大限その功績を吹聴し、割に合わない利権を要求することになったと思われます。




