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拝啓、姉上様~異世界でも、元気です~  作者: 藤原 高彬
第三章:その機能を考えて、正しく使いましょう
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第17話 立てば芍薬坐れば牡丹

第04節 Cランクの日常〔3/4〕

◇◆◇ 翔 ◆◇◆


 松村さん主催の「杖道(じょうどう)講座」。いつの間にやら参加者は増えている。

 刃物を振り回す武術ではないことから、戦闘とは無縁の男性市民や荒事とは無縁の女性市民がその意義を認め、ある女性はダイエット(わんもあせっと)の為、ある商人は護身術として、ある冒険者は自分の武技の底上げの為、松村さんの講座を受講している。

 当然ながら、これは無償で行っている。あくまでも、自分たちの旅団(パーティ)の訓練のついでだから、という名目で。だけどギルマスは、ギルドの練武場を使って有償の講習を開催しないかと打診しているようだ。まぁ確かに、現状は宿『青い鈴』の庭に毎朝100人近い人が集まって棒を振り回している形になっているから、少々手狭感はあるが。

 ちなみに革職人のオットーさんの長男のデニスくんをはじめとする街の子供たちも、この講座に参加している。将来騎士や兵士になりたいから、冒険者になりたいから、商人になって余所の町に行ってみたいから、或いは貧民街(スラム)ならず者(・・・・)から病弱な母親を守る為、等、動機は色々だが。


 ソニアさんは、自分が学んだ杖術の(わざ)との共通項と相違点について、いつも頭を悩ませている。松村さんが言うには、ソニアさんの業の源流は、杖道。但し、杖道の源流である「神道夢想流杖術」の術理を、書物やWeb上の記述から編纂(へんさん)し再構成したモノだろう、と。

 「神道夢想流杖術」は「警杖(けいじょう)術」に派生し、更に武道の形として「杖道」に再編纂されたのだという。だからソニアさんが学んでいる杖術だけではただの暴力にしかならない。「殺せないけど痛めつけられる」という、ある意味凶悪な武術になってしまうのだそうだ。だからこそ、杖道の理念を学ばせることで一定の抑止力としたいのだとか。


 柏木は、松村さんに何度も(しか)られ、修正され、何度もブチ切れて「やってられるか!」と爆発し、けどその後で反省して、そして気付いたらそれを身に着けている。

 反復練習の結果身に付いた型は、その状況になると条件反射で行動出来る。考える前に行動出来る。それも、最適な形でだ。相手が人間で、その型を知っているのなら、それは反撃の(すき)になるかもしれない。けど、そうでなければ、それは最速の動きとなり、相手が対応する前に打ち込める。その反応は、実戦ではどうかすると美奈の「〝0〟」のコールをするよりも(はや)く返しの技を繰り出すことが出来る場合もあるくらいだ。

 俺はまだ(残念なことに)そこまで辿(たど)り着いていない。ただ黙々と、型を繰り返しているだけだ。


 冒険者ギルドでは。長期の依頼(クエスト)は基本請けられないから、短期のクエストで効率よく稼ごうと思うと、なかなか難しい。最近は、近くに有翼獅子(グリフォン)が棲み付いたらしく、この討伐クエストなども発注されているようだが、空を飛ぶ魔物と戦う恐怖はロウレスで身に染みている。そのグリフォンが、そこに卵でも抱えているのなら戦いようがあるだろうけれど、そうでないのなら、そしてまだ町に被害が出ていないのなら、触らない方が身の為だ。勿論(もちろん)、犠牲者が出てからでは遅過ぎるから、その動向を見守る必要はあるだろうけれど。


 そして午後の、スカルパ男爵夫人の(もと)での礼法の教練。

 但し、松村さんは儀礼や作法のみ学び、立ち居振る舞いなどに関してはその必要が無いとお墨付きを与えられた。はっきり言って、その立ち姿・歩き方などは、こうやって落ち着いて見たらスカルパ男爵夫人より優雅なのだ。日本の言葉で「立てば芍薬(しゃくやく)(すわ)れば牡丹(ぼたん)歩く姿は百合(ゆり)の花」というのがあるが、(まさ)しくその通りだったのだ。


「やっぱり、弓道って『礼法と精神鍛錬の為の武道』って言われるから、なのかな?」

「そうとも言えない。まぁ鎌倉時代から江戸時代の終りまで、代々の将軍家礼法指南役を務めた小笠原流は、礼法・弓術・弓馬術の流派だから、礼法と弓術の射法は一体のモノとされる部分もあるけどね。

 礼法の根本は、徹底的に無駄を省くことだ。例えば、正しい姿勢。これは、『余計な力が入らない姿勢』であって、一番疲労の少ない姿勢という事になる。


 例えば、(スライドドア)を開ける時。右側に開く(ふすま)を想定してみると良い。

 襖の前で正座する。これは、立ったまま襖を開こうと力を入れると、反動で体が左に流れ、それを支える為に腰に力を入れなければならないからだ。

 左手で襖をまず自分の正面の位置まで開き、右手に持ち替えて全て開く。部屋の中に入り、向きを変えて坐り、また左手で自分の正面まで襖を閉め、右手に持ち替えて最後まで閉める。

 この場合、右手と左手が交差することなく、右手も左手も体幹のそれぞれ右側と左側だけで動きが完結する。動きが最小という事は無駄がなく、また体を(ひね)ることがないから腰に負担がかからない。そして、無駄のない動きというのは、(はた)から見ていて美しく映るんだ。

 また無駄のない動きというのは、逆に力を最大限発揮するのにも役に立つ。力なんていうものは極言すれば、必要なタイミングで、必要なだけの力を、必要な個所に込めることが重要で、それ以外のタイミング、それ以上の力、それ以外の場所に力を入れても全くの無意味。それこそが無駄というモノだ。それが出来るのが武の達人で、日常でそれを行えば美しい所作(しょさ)となる。


 もっとも、だからといってそれで全て完結する訳じゃない。儀礼や礼法、作法は国や地方、風習によって変わる。

 例えば、単純に左右の格。〝左大臣〟と〝右大臣〟、日本では格としてはどちらが上だと思う?」


 いきなりのクイズに、ちょっと頭を捻る。右利きが普通だから、右?


「〝左大臣〟の方が格上だと思います。仏教には『左進(さしん)右退(うたい)』という言葉があり、前に進むときは左から、後ろに下がる時は右から、と考えられます。だからこそ後ろを振り向くときは『回れ右』なんですから」

「では、その『左進右退』の根拠は?」


 武田が仏教に基く雑学を開陳(かいちん)したら、松村の追撃。


「……わかりません。『そういうモノ』と教えられました」

「簡単なことだ。太陽のある方角(南)を向いて、左が日の出の方角(東)、右が日没の方角(西)。だから、左が上なんだ」

「……初めて知りました」

「だが、西洋では考え方が異なる。日の出の方角(東)を向いて、明るい方(南)が右、暗い方(北)が左。だから右の方が格上になる」


 本当に、風習の違い・考え方の違いに過ぎないってことか。


「ついでに。日本では『手皿』という食事の作法はマナー違反とされる。『手皿』を必要とするほど遠くの(うつわ)(はし)を延ばすときは、その器を手に取るか、或いは(わん)(ふた)を取り皿として使うのが()いとされる。

 が、『器を手に取る』という作法がマナー違反とされる国もある。その場合、『手皿』がその国の作法という事だ。


 そういう風習の違いを踏まえ、相手に対する恭敬(きょうけい)の気持ちを忘れなければ、あとは特定の作法を学ぶだけで済む」


 作法を学ぶのも、相手を尊重するということ。そういう心掛けが、礼法の基礎という事なのだろう。

(3,000文字:2018/02/14初稿 2018/09/01投稿予約 2018/10/26 03:00掲載予定)

【注:今話(以降)の礼法に関する蘊蓄は、〔弓馬術礼法小笠原流次期宗家 小笠原清基『小笠原流 美しい大人の振る舞い』日本実業出版社〕を参照しております】

・ 松村雫さんの杖道講座。参加者は大抵、その後『青い鈴』の食堂で軽食を注文(イートイン・テイクアウト)していくので、宿としては場所を提供することでのマイナスは出ていない模様。

・ 小笠原流が「鎌倉時代から江戸時代の終りまで、代々の将軍家礼法指南役を務めた」と言うのは自称です。鎌倉時代は小笠原家だけが礼法指南役だった訳ではありませんし、室町時代は幕府の方が礼法を見失っていました。けれどここで重視すべきは、「鎌倉時代から21世紀の現代まで絶えず続いている礼法の宗家」として小笠原家がある、という点でしょう。

・ 襖を開ける仕草で、襖の前で正座する。この時、構造学的には両足と腰、両肩と腰でそれぞれ三角形が形作られます。その為、腕を身体の正中線まで動かす場合、その反作用は両足と腰が形作る三角形が受け止め、吸収出来るのです。但し、それ以上になると腰を捻ることになるうえ、両足と腰が形作る三角形の頂点を横から押す形になるので、構造学的観点のみからではその反作用を受け止める事が出来ません(つまり下半身に力を入れなければならなくなる)。ちなみに立ったまま襖を開ける動作をする場合は、構造学的には腕・肩・軸足の逆三角形になり、非常に不安定です。

・ 「左進右退」。同じ考えで、「左上(さじょう)右下(うげ)」という言葉もあります。どちらかと言うと、こちらの方が一般的かも。ちなみに、神道の神棚は「東或いは南に向けて」置くのが良いとされています。

・ 英語では、右(right)には「正しい」という意味が、左(left)には「取り残されたもの」という意味(leaveの過去完了形)が、それぞれあります。

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