第15話 冒険者の存在意義
第04節 Cランクの日常〔1/4〕
◇◆◇ 宏 ◆◇◆
雪採取依頼が終わり、心機一転銅札のクエストを受件しようか。そう思ったのだが。
……仕事が無ぇ。
否、木札や鉄札のクエストならあるし、銅札のクエストも、全くない訳じゃない。
けど、冒険者ギルドと商人ギルドの間で決定されたオレたちの旅団【縁辿】に関する取り決めで、オレたちのスケジュールがある程度拘束されてしまったのだ。
まずオレたちは、商隊の護衛依頼を請けられない。これは、オレたちが「護衛」すること自体が無駄だから。そんなことをするくらいなら、オレたちに営業担当の商人一人を随行させて、オレたちの〔倉庫〕に荷物を詰めて目的地に行くか、それどころか書状一枚持ってオレたちだけで目的地に行った方が、速いし大量の荷を運べることになるから。
だから、オレたちは「護衛」のクエストは受件出来ない。オレたちの下に来るのは、所謂「臨時便」「緊急便」。例えば天災で作物や備蓄が壊滅した地方に、支援物資を届ける、など。だけど、「臨時便」や「緊急便」が必要になる状況は、文字通り臨時に、緊急に発生する。それに備えるとなると、オレたちは常に待機していなければならなくなる。そうなると本末転倒だし、待機時間もオレたちに対する報酬が発生するとなると、ギルドの制度が破綻する。
結果、
○ パーティ【縁辿】(以下「甲」とする)は、5日以上を要する長期クエストを、原則として冒険者ギルド(以下「乙」とする)から受注してはならない。
○ 甲は、5日以上を要する長期クエストを強制依頼等により乙より受注する際は、乙と商人ギルド(以下「丙」とする)の両ギルドマスターの認可を得る。乙丙両ギルドマスターの協議の結果甲がそのクエストを受注することを却下する場合、乙並びに丙は、必要に応じてそのキャンセル料に相当する金員を甲に支払う。
○ 甲が短期クエストを乙より受注する場合、或いは一定期間クエストを受注しない場合であっても、甲は5日ごとに乙に所在報告をする。その際乙は一定の約定履行報酬を甲に対し支払うものとする。
○ 丙が依頼する「緊急便」クエストは、原則として強制依頼となり、甲に拒否権はない。但し次条に該当する事由である場合を除き、已むを得ぬ事由があると認められる場合は、甲はこれを拒否する事が出来る。なおこの場合の違約金については、別途協議する。
○ これらの約定は、甲が従前〝誓約の首輪〟に基いて取り交わされた〔契約魔法〕の内容を侵害するものではなく、〔契約魔法〕に記された条項に抵触する場合は、甲は無条件で乙丙からの依頼並びに当約定に基く甲に対する強制条項を拒絶する事が出来る。
○ 当約定は〔契約魔法〕を介さず、乙丙間の相互の信頼に基づきそれを履行するものとし、また乙の内規と信頼に基づいて甲にその履行を求めるものとする。
という取り決めがなされることとなった。
ちょっとここで、冒険者の存在意義を考えてみる。
冒険者とは、何の為に存在するのか。
冒険者本人の、好奇心だの人跡未踏の地に足跡を残して歴史に名を遺したいだの、強大な魔物を斃して名声を得たいだのといった、個人的な問題は、この際どうでもいい。行政側から見た、冒険者の存在意義だ。
これは、大きく分けて二つある。商人側の人件費削減、そして野外に於ける治安の維持だ。
一番目の、「商人側の人件費削減」。これは、現代日本の期間労働や外注出向の考え方だ。
要するに、正規雇用とすると、時期により人が余り或いは人が足りなくなる。
だから、必要な時期に必要な人材を期間限定で雇い入れる。すなわち「期間労働者」。或いは、特定プロジェクトを成功させる為に、そのプロジェクトが終了するまでの期間協力を求める。すなわち「出向社員」。それらが、冒険者だと言える。
ちなみに、「商人」を「行政」と置き換えて、「人件費削減」を「希望者のいない雑務」と解釈すると、木札のクエストになる。
二番目の、「野外に於ける治安の維持」。そこは、法施行地外だ。だから、暴力があらゆる秩序に優先する。
だから、冒険者という暴力装置を持って来て、しかしその冒険者は商人などの依頼主の指示に従う、という秩序を守ることで、強制的にそのクライアントの周りに法秩序を成立させているのだ。当然その「法秩序」は、そのクライアントの所属国・地域のそれと同一であるとは限らないが。
そしてこれは魔物に対しても有効である。魔物が、町で飼われる愛玩魔物のように好意的・親和的であれば、無慈悲に討伐の対象にする必要はない。けど、人間の意向を理解出来ず、魔物の秩序(弱肉強食)を前提として行動するのなら、こちら側の暴力装置である冒険者も、弱肉強食の法理に従って魔物を殲滅する。
この、「一番目」の意義。これを果たすのが木札と鉄札の冒険者であり、「二番目」の意義を果たすのが、銅札以上の冒険者、という事が出来る。
そして、閑話休題。
そういう事情だから、冒険者と商人の存在は、切っても切れないという事になる。実際に、「冒険者ギルド」の創設者と「商人ギルド」の創設者は同じ「シロー・ウィルマー」なる社会落伍者らしいけど。
勿論それは、「シロー・ウィルマー」の正体が、オレの思っている通りなら、だが。
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ところで。オレたちが注文していた武具等も、順次完成していった。
最初に出来たのは、〝ゴブリンドロップ〟の長剣を改良した「杖剣」。飯塚に渡して使い勝手を確認してもらったところ、思いの外使い易いとのこと。
戦争のような集団戦で、時代劇に見るような剣戟はあり得ない。足を止めたら袋叩きにされるだけだからだ。
また対魔物戦で、対人戦のような技術を問う戦闘もまたあり得ない。相手の急所に大威力の一撃を入れることが問われるからだ。
なら、相手の防禦を貫通する〝神聖鉄合金〟の刃で、且つ自身の安全距離を確保出来る長柄武器は、冒険者にとって最適な武具といえるだろう。
オレの、ダンベル改造長柄棍杖。これはリクエスト通りとは言えなかった。
オレのダンベルの錘は、1.5kgが合計4枚、1.0kgが合計4枚の計8枚ある。けど、この長柄棍杖は、錘を4枚までしか嵌められないのだという。つまり、最大重量6.0kg。以前使っていた長柄戦槌はその重量約2kgだと考えれば、重量相当の威力は増すのだから、それで充分かもしれないけれど、ちょっと不満。だがその一方で、錘それ自体と柄の間に、しっかり遊びがあるのは有り難い。これで〔振動〕魔法に柄が負ける、という事にはならないだろう。また、考えていることもあるし。図案を見せて、鍛冶師に研究を依頼することにした。
(2,959文字:2018/02/11初稿 2018/09/01投稿予約 2018/10/22 03:00掲載予定)
・ 『冒険者』という存在の、社会的メリットというのは他にもありまして。何処の国も、「難民」「流民」は迷惑ですが、帰化希望者というのは歓迎なんです。だから、手に職持たない人たちが外国から来て国に根付く為の機関という側面もある『冒険者ギルド』は、行政としては補助する価値のあるモノなのです。また貧民は犯罪者となる可能性が高い(しかも司法が未熟だと取り締まる事が出来る範囲は限定的)ですから、貧民でも出来る仕事を提供するという意味で、全体的な治安維持に役立ちます(しかも「冒険者登録」という名目で住民票管理も出来ますし)。それでも貧民を撲滅することは出来ませんが。
・ 冒険者ギルドと商人ギルドが関わる今回の契約に関し、〔契約魔法〕は使われていません。だからこそ「信頼」「信義」という言葉が使われるのです。暴力による〝奴隷化〟の場合は、暴力によってその契約を裏付けます。〔契約魔法〕の場合は魔力によってそれを裏付けます。けれど、通常の(書面だけの)契約の場合、それを反故にしたところで、その制裁内容を法律で裏付けられる訳ではないので、ある意味逃げた者勝ち、になるのです。だからこそ「信頼」と「信義」。契約に背けば、二度と彼ら相手の取引を、冒険者ギルドも商人ギルドも行わなくなるでしょう。そのリスクを勘定に入れて、それでも契約を履行する意味がないというのであれば、好きにすればいい。そういう契約なんです。




