第14話 魔王国の社会
第03節 次のステージへ〔5/5〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
エリスちゃんの出身が魔王国である可能性は、随分前から想定していました。というか、この世界で「普通じゃない」ことは、無条件で魔王国絡みと考えても打率七割以上、というのが実状みたいですし。
でも、魔王国では〝ニート〟という言葉が普通に使われているのなら。この事実で、ほぼ確定と断じても間違いなさそうです。
「ドレイク王国は、先日も話しましたが難民たちが寄り添って興した国です。ですので、難民の受け入れを拒否しません。その一方で、野放図に難民を受け入れたら、国庫が破綻します。
それゆえ、難民は一時救護施設で保護され、その後勉強や教育訓練を受けながら自身の生活基盤を整えてもらうのです。
ちなみに難民宿舎に寝泊まりして、勉強や教育訓練を受けながら冒険者ギルドで依頼を請ける人たちのことを、町の人たちは「屑札市民」と呼びます。冒険者証には屑札とは記載されず、木札或いは鉄札と記載されるのですけれどね。
けど、難民宿舎に滞在が許されているのは、難民として受け入れられてから一年間のみとなっています。一年を過ぎたら宿舎を出なければならないのですが、そうなっても生活基盤を整えられず、屑札としてさえ仕事をしないような人たちを、「ニート」と呼称するのです。
屑札市民は、難民宿舎で生活しながら資金を貯め、滞在期間を経過したら冒険者として正規登録するなり別のギルドで丁稚や徒弟として更に知識を積み経験を重ねながら、一般市民として町に溶け込んでいくのです。町の合言葉のひとつに、『屑の中から砂金が見つかる』というのがありますから。
それさえ出来ないというのであれば、農園で小作農となるか、開拓地で開拓作業に従事するか。どちらでも、そのうち市民として受け入れられるでしょう。
けど、それもしない。町の福祉や縁故に頼って勉強もせず教育訓練も 受けず、仕事もしない人を〝ニート〟と呼びます」
どうやらその語義は、正しいみたいです。しかも、ソニアさんの言い方だと、「そうだ、難民しよう!」という発想が一つあり、その対策も練られていると考えられます。
また、一種の誹謗中傷で専業主婦も「ニート」と呼ばれることがありますが、エリスちゃんの語る、そのお母さんが「ニート」と呼ばれるそのニュアンスは、愛称というか親しみを込めてというか、ボクらが飯塚くんを「ロリコン」と呼ぶのと同じような、少しだけ毒を込めた親愛表現、という印象を受けます。
そうなると考えられるのは、「仕事をしない専業主婦」。例えば、セレブの奥さんで、家事はソニアさんのようなパーフェクトメイドがやってくれる、とか。でも、実際のセレブの奥さんは、社交などで忙しい身の上です。なら、それさえやらない(やらないことを許されている)奥様?
魔王国は新興国なので、所謂豪商や中小貴族はかなり忙しいことが想像出来ます。奥さんを、遊ばせておく余裕はさすがにないと思います。
あとは、大貴族。この世界の貴族制度では、領有貴族は公爵・伯爵・男爵で、準男爵と騎士爵は一代貴族、子爵は襲爵(爵位の襲名)までの繋ぎの爵位と聞いています。残る侯爵は文官貴族。これも一代のみで世襲せず、しかも期間を区切って代官として領地経営をすることは出来ても、自分の領地を持つことは出来ないのだとか。
なら、奥さんが遊んでいられる大貴族は、伯爵か公爵に限られます。そして、魔王国の公爵は全員女性で、「王妃」の表向きの爵位と謂われるそうですから、当然「公爵夫人」などはいません。
加えて、異世界で生きた前世を持つ〝魔王〟から普通に「ニート」呼ばわりされることが許される立場。
つまり、外交などの職務を持たない立場の、王妃すなわち公爵。それが、エリスちゃんのお母さんの身分という事です。言い換えればエリスちゃんは、魔王国の王女様。
何のことはない。ボクたちは、かなり初期から〝魔王〟に保護されていたんです。またそれなら、松村さんの薙刀をソニアさんが見たことがあるというのも当然でしょう。むしろソニアさんのお師匠様は、王妃様であるエリスちゃんのお母さんからその薙刀を借りたのかもしれません。
その、薙刀の銘『鵺』。〝鵺〟とは、日本の平安時代から伝わる妖怪の名前で、さまざまな伝承もあり、現在でも「永田町には鵺が棲む」などという言い回しをされます。敢えてその名を薙刀の銘として付ける。そのこと自体が、エリスちゃんのお母さんの身分証明なのかもしれません。
◇◆◇ ◆◇◆
さて。
エリスちゃんの素性が明らかになった(と思われる)とはいえ、そんなことはどうでもいい話です。ボクらと〝魔王〟の差が更に明確になったという程度の意味しかないでしょう。そしてボクらの出来ることは、一つ一つ石を積み上げていくことくらい。なら、今は目先のクエストに集中しましょう。
スイザリア王国の西側を南北に遮る『ベスタ山脈』。同じく北側を東西に遮る『リュースデイル山脈』。この両山脈がぶつかる場所。その渓谷には、この時期(太陽暦で3月下旬?)でも融けない雪が大量に残っています。これを、〔倉庫〕から取り出した大八車に積めるだけ積み、〔倉庫〕に運び込んで今度は凍結庫(内部時間が停止しているから、何時間経っても冷えもせず温まりもしない)に移し替えます。
必要最小量としては、小さな部屋ひとつ分。大八車二台分あれば充分です。けど、どうせなら。
〔冷却魔法〕の実用化の目途も立ち、ボクらが〔倉庫〕で使う冷却用の雪は充分量あるとはいえ、どうせ容量無限なら、持てるだけの量を運び込んだ方がいいでしょう。雪は、融ければ水になります。水は、煮沸すれば飲用に供することも出来ます。
このクエストの期限は、10日間。そして片道三日かかりましたから、単純計算で四日間雪を積み込む為に使えるという事です。予備日を一日置くと、三日間。なら、この三日フルに肉体労働しましょう。
ソニアさんは〔倉庫〕に入れない(受け入れるには、時期尚早)都合上、出来ることは限られます。だから、食事の支度や野営、或いはそろそろ冬眠から醒めてくる動物たちの第一次対応を任せます。これだって、任せる事が出来るというだけでもかなり助かるのですから。
そして、この三日間の成果。大八車50台分。結構な面積の雪を、根こそぎ積み込みました。
モビレアに戻り、指示された倉庫に雪を放出し、けどまだ三割程度しか放出していないと言ったらプリムラさんが絶句していました。わかってましたけど。
なお、このクエスト。商人ギルドとの間に結ぶ協約の関係上、ボクらの〔収納魔法〕の性能試験という側面があったそうです。その収容量の上限を見極めておかないと、適切なクエストを提示することが出来なくなるから、と。
(2,999文字:2018/02/10初稿 2018/10/16第二稿 2018/09/01投稿予約 2018/10/20 03:00掲載 2018/10/20衍字修正)
【注:「そうだ、難民しよう!」は、漫画家・はずみとしこ氏のイラスト集のタイトルであると同時に、特定思想に基づくスローガンとして使われています。
「永田町には鵺が棲む」は、永田町(国会議事堂周辺の地名。ひいては政治家や官僚の事)の所謂政治力学は、一般市民には理解不可能なところがあることから、正体不明の妖怪〝鵺〟に譬えてそう表現されるのです】
・ 魔王国の難民政策は、国土の8割以上が未開拓地であるからこそ出来ることなのかもしれません。「冒険者業」という、難民でも出来る職業があり、「開拓」という、難民に与える事が出来る公共事業が現状無尽蔵にあり、それらは先住市民の仕事を奪うという事にはなりませんから。
・ エリスは魔王国の王女様。それに間違いはないのですが、実は父親たる〝魔王〟陛下どころか、母親である〝ニート〟妃殿下さえ、エリスの誕生(出現)を知りません(その存在は予言されていましたが)。なお、エリスの年齢はまだ満一歳を迎えていません。ちなみに、〝ニート〟妃殿下の爵位は「公爵」ではありません。
・ 期限が定められているクエストに、日当はありません。
・ (2018/10/16追記)一般冒険者に対する雪採取クエストは、相手の発想力を試す為のモノです。だからゼロ回答でもペナルティーはありません。




