第13話 劣等感《コンプレックス》
第03節 次のステージへ〔4/5〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
雪採取依頼。その道中でソニアさんに聞いた、魔王国の魔法。
それを踏まえた俺たちの魔法のバージョンアップを考えることになった。
普段なら、まずは〔倉庫〕で練習するけど、俺は何となく外界で、ぶっつけ本番でそれを試してみたくなった。
新魔法〔光球〕。〔泡〕の中に発光体を生み出す。それだけの魔法だ。
原理は、〝星幽界〟で炎の発光プロセスをなぞり、〝物質界〟にその光だけを持って来て、それを〔泡〕で保存する。これは、武田の〔プレスド・エアー〕が物理的内圧を無視して圧縮空気を保存出来ることから、〔泡〕の内側はそれこそ〔倉庫〕のように別空間であると考える事が出来るという解釈で発想出来る。〔泡〕が閉じ込める事が出来るのは、おそらく二種類。〔泡〕生成時にその場所に存在していた〝モノ〟と、〔泡〕生成時に〝星幽界〟から現界させた〝モノ〟。なら。
〔泡〕の内部空間でなら、燃焼対象が無くても、燃焼の結果である〝発光〟という現象のみを保存することも出来るはず。
そして、試行。
「これは――」
「ショウさん、貴方の魔法なんですか?」
「ショウくん。〝0〟」
上手くいった、と思ったら、途端に美奈が〔倉庫〕開扉の0。
「ショウくん! いきなりなんてことをするの!」
「え? 上手くいったんだから良いじゃんか」
「よくない! 失敗したらどうするつもりだったんだ、とか、ソニアさんにどう説明するつもりなんだ、とかよりも、なんで事前にそのアイディアを皆に話してくれなかったの? そうすれば、それを更に洗練して、もっと良い魔法を作れるでしょう?」
美奈に叱られ。それで、気付いてしまった。俺が独力での魔法の開発にこだわった理由を。
あらゆる面で皆に劣る俺が、ただ「凄い」って言ってもらいたかった。それだけで、もしかしたら危険かもしれないことをやってしまった。それが、美奈が、皆が怒っている理由。
「ごめん。俺、どうかしてた」
「心配すんな。お前がどうかしているのは昔からだ」
「そうですね。どうせ完治していない厨二病の症状が再発したんでしょう?」
柏木と武田が、わざとこき下ろすようなことを言ってくる。もしかしたら、こいつらは俺が最近悩んでいることを見抜いていたんだろうか? もしかしたら、その劣等感の根源まで。
「まぁなんにしても、お前が生み出したその魔法。少し解説してくれないか? 結局一瞬しか見ていないけれど、かなり有用な魔法でもありそうだからな」
松村さんがフォローしてくれる。その言葉に甘えて、〔光球〕についての説明をすることにした。
「……〝星幽界〟から、光だけを取り出す、ですか」
「凄い気付きじゃないか。ってことは、武田が研究中の暖房魔法も――」
「はい。空気を圧縮して、断熱圧縮で熱を生み出す、なんて余計な手間ですね。単に発熱目的なら、飯塚くんの〔光球〕と同じく純粋な熱のみを取り出して〔泡〕に封じた方が早いです。
それに、〔赤熱〕、否〔火弾〕。これも、目標に命中するまで〔泡〕で熱を保存した方が、効率が高いという事になります。これは、〔火弾〕の核となる石を〔泡〕で包み込むことが出来るかを試行しなければなりませんけれど。更に言えば、以前から研究していた〔炎の矢〕。これも、〔泡〕で炎自体を保存して目標に射出する、という形で実現出来ます。〔雷球〕という攻撃魔法も可能ですね。それどころか、冷却魔法も簡単に実現出来そうです」
俺の思い付きが、武田の中でどんどん進化していく。やっぱり悔しい。
「なんて顔をしているんだ。武田のアレは、お前の発想があってのことだぞ?」
柏木が、俺に言う。
「オレや松村は、思考が現実に寄り過ぎている。武田は、知識に寄り過ぎる。髙月は、地に足付いた発想と妄想的なそれが両極端過ぎる。
お前が、一番バランスを取れているんだ。
オレたちは、髙月を含めて皆出来ることが極端だ。性能がピーキー過ぎるというべきか? だから、万遍なく何でも出来るお前の視座は、貴重なんだ。だからお前は、オレたちのリーダーなんだよ」
やっぱり、劣等感まで見抜かれていたようだ。本当に、俺は未熟だ。
「ついでだ。飯塚。判断してくれ。
エリスを、いつどのタイミングでソニアさんに紹介するか」
松村さんが、指示を請う。結局、俺の劣等感なんか、皆にとっては無意味な悩みでしかなく、ちゃんと俺のことを尊重してくれていたんだ。
「ちょうどいいタイミングかもしれない。今、エリスを連れ出そう。
ついでに、松村さんの薙刀の件もあるしね」
◇◆◇ ◆◇◆
魔法の研究は、また後刻でいいだろうという事で、外界に戻った。エリスを連れて。
そして〔光球〕を見て驚いているソニアさんに、
「はい、光源を作る魔法です。暗いから手元が見難いんじゃないかと思いまして」
と、そ知らぬ顔で応えた。
「有り難うございます。とても助かります。
国では、光を取り出す道具もありますから、それを使おうと思っていたんですけど、この魔法の方が明るいし、空中に浮いていますから手間もかからないし良いですね。
ところで。そちらの少女は? 先程まで見かけませんでしたけど」
「はい、この娘を紹介しようと思いまして。
この娘の名前は、エリス。ちょっと神出鬼没で、時々いなくなりますけれど、この娘自身は良い娘ですから、気にしないでください」
「……それで『気にしない』でいられる人は、少ないと思いますけど。ですがわかりました。お互い事情があるのは当然ですからね。
宜しく、エリスさん」
エリスは、小さく頭を下げて、すぐ俺の背後に隠れてしまった。
「ふふっ。懐かれているんですね」
「おかげで皆に幼児性愛者呼ばわりされています。
あ、そうだ。ソニアさん、ちょっと質問が」
「〝ソニア〟と呼び捨てで構いませんよ?」
「呼び名は、関係が変わったり深まったりしたら、自然に変わります。だから今はこのままで。
それはともかく、魔王国で、〝ニート〟っていう言葉はありますか?」
エリスは、自分を指して「〝ニート〟の娘」と称した。〝ニート〟は、地球でも歴史の浅い言葉。そして〝魔王〟は転生者。更に、エリスが持っていた薙刀に、魔王国出身のソニアさんは見覚えがあるという。なら。
「はい。魔王国では普通にその言葉を使われています」
(2,720文字:2018/02/10初稿 2018/09/01投稿予約 2018/10/18 03:00掲載予定)
・ 飯塚翔くんの開発した、〔光球〕の魔法。その原理は、実は白熱電球のそれと全く同じだったり。そして〔泡〕は、その属性を問うのなら「空間属性(魔法)」でした。
・ 飯塚翔くんは、料理も裁縫も人並み(松村雫さん並み)に出来ます。「出来ること」の引き出しの多さは間違いなく一番。




