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謎のラブレター

『放課後、屋上に来てください。来るまでずっと待ってます。』


差出人の名前も書かれていないたった一文だけが書かれた手紙を俺が見つけたのはその日の放課後になってからのことだった。


これはあれか?世間で噂のラブレターというものだろうか。

可愛らしい便箋、丸っこい文字。

もし仮にこれが男からの手紙だったとしたら驚きだ。


いや、だが待て。由真朝陽よ。

よく考えるんだ。もしかしたらこれはただの罰ゲームで男子が女子と手を組んで俺をからかうためだけに書いたものかもしれない。

あるいは単に入れるところを間違えただけなのかもしれない。


そうだ。俺は由真朝陽。特にこれといった特徴もない平凡中の平凡という言葉がお似合いの根暗なオタク。


その言葉を心の中で繰り返して無意識に高鳴っていた心臓を落ち着かせる。

今まで自分の都合がいいように勘違いされた挙句、ひどい目に合ったこともあった。

もうあんな想いをするなんてごめんなのだ。


よし……


そ、そそそそそれはそうとっ!放課後って今のことだよなっ!!細かい時間設定はないし早めに教室を出てきたけどまあ放課後だしぃ!!でもあんまり早く行きすぎてもなんか意識してるって思われるし、いやそもそも放課後は屋上解放されてないんじゃ。

相手がそもそも異性であるとは限らないわけで!!でも相手が誰かも分からない以上連絡の取りようもないから無視は出来ないよな!あー…でもどうしようかなー!!


手紙を持ったまま頭を抱える。

結局葉音先輩に少し遅れるという旨のメッセージを送り、屋上に向かったのはそれから三十分も後になってからのことだった。



翌日、このときの俺の様子を見ていたクラスメイト達からいつもより一歩引いた態度を受けることをこの時の俺は知らない。

               ❁


屋上の扉の前で深呼吸する。

ドアノブを捻るとなんの抵抗もなく扉は空いた。

扉を押すごとに薄暗い空間に夕日が差し込み思わず目を細める。

そして正面の柵に手をつき景色を眺める女子生徒の姿を捉えた。

ここからだとその姿はとても小さく見える。


生ぬるい風が吹いて少女の二つに結わえられた髪が揺らいだ。

少女は振り返り、俺に気付くとゆっくりと近づいて来た。

そして俺から三メートルほど離れたところで立ち止まる。

初めて見た生徒だ。初めて顔を見るがとても整った顔立ちをしている。

大きな目と長いまつ毛。桜色の小さな唇。雰囲気はとても柔らかい。

お世辞抜きで可愛い子だと言えるだろう。無意識に生唾を飲み込む。

「こんにちはです。由真君。はじめまして、なゆは神崎那(かんざきな)()っていいます。生物部で部長をしていますです。」

独特な話し方でそう言い、神崎那由と名乗る少女はニパッっと柔らかく笑った。

「神崎…先輩が俺にあの手紙を?」

明吹高校の制服は学年に関係なく皆同じものを着るからぱっと見じゃ学年を見分けられない。

目の前の神崎那由と名乗る少女が何年生なのかは分からないが部長と言ったくらいだから恐らく先輩なのだろう。

だが、俺の予想は間違っていたようで神崎那由は不思議そうな顔をして首を傾げた。

「なゆは一年生なのですよ?一年二組なのです。体育でも芸術の授業でも由真君と同じなのですよ?」

「え、あ、あーそうだった、ごめんごめん!大丈夫!もちろん覚えてるよ!うん。神崎那由さんね、あー、うっかり、一瞬だけ分からなかっただけだから!」

もちろん、隣のクラスだという目の前の少女のことを見たことはなかったのだが苦笑いを浮かべる彼女を見て嘘でもそう答えるよりほかなかった。

「その反応絶対嘘なのです。今までなゆのこと知らなかったって言うのが顔に書かれているのですよ。」


俺の嘘は一瞬で見破られてしまう。やはり俺の演技力はまだまだだというのか…っ!!


なんて考えて現実逃避するほど俺は動揺していた。

「ごめん、本当は君の言う通り覚えてない…っていうか見かけた覚えもないんだ。間違ってたら悪いんだけど俺と君って初対面だよね?」

「はい、そうなのですよ。あと、なゆのことはなゆって呼んでくださいなのです。『君』っていう言い方は記号みたいな感じで呼ばれてる感じがして嫌なのです。」

「ああ、ごめん。なゆ…っていきなり呼び捨ては…っ!!」

うっかり言われるがままに呼び捨てにしそうになって我に返る。

今まで異性を呼び捨てにしたことがないのにいきなり知り合って間もない子を呼び捨てにするなんてハードルが高すぎる!

だが、そんな俺の気持ちなど微塵も感じ取っていないのか神崎は『ん?』と首を傾げた。

「みんな呼び捨てで呼びますよ?なにもためらう必要はないのです。」

「いや…えーっと…それは…なんていうか、ちょっと…」

なんとかこの事実を回避しようと頭を巡らせる。

「まあ、いいのです。由真君が慣れるまでは好きなように呼んでいいですよ。特別許可なのです。」

そう言い神崎は人差し指を口元に当ていたづらっぽく微笑んだ。

その仕草に思わずドキリと心臓が跳ねる。


「そ、それで手紙のことだけど…」

本題に入ろうとそう言うと神崎は思い出したようにポンと手を打った。

「あー、そうでした。うっかり忘れかけてたのです。」

「忘れてたって…」

思わず呆れる。ホント、期待を裏切らないというかなんというか。

「由真君は丹波君と仲良しさんですよね?」


なんで達也の名前が…?

「ああ、うん。そうだけど。」


「実はなゆは丹波君のことが好きなのです。」


「へー…って、え、えぇぇぇっ!」

神崎があまりにも大事なことをあっさり言うものだからうっかり聞き流しそうになった。

確かに達也はモテる。

あの爽やかなイケメン顔に加え、性格もイケメン。それに加え勉強も出来て、特待生として呼ばれるほどサッカーが上手い。何しろ弱小だった中学のサッカー部を全国優勝まで導いたほどだ。

容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能。なにその完璧超人!こうして改めて見ると本当にスペック高いなあいつ!!


だが、告白ならわざわざ俺に言わず直接本人に言えばいい。

あいつは告白されると分かっていてもその告白をきちんと聞き、うやむやにしたり、何かと理由をつけて聞かないなんてこともしないんだから。

きちんと相手の想いを聞いたうえで断っているのだ。

そんなにモテるなら誰かと試しに付き合えばいいのにと思うが本人は『好きでもない相手と付き合うことは出来ないから』という一点張りで告白を受け入れた試しがない。


それでも告白が途切れないのは受け入れられないと分かっていても達也のその魅力に魅了されてしまう女子が多いからだろうか。

男の俺でもうっかり惚れそうになるほどの良いやつだ。…まあ、俺にそんな趣味はないけど。

「それで、なんでそれを俺に言うんだ?」

「なゆはこの気持ちを丹波君に届けなくてもいいのです。でもそれはあまりにも辛くて苦しいのです。だからせめて思い出が欲しいのですよ。」

「思い出?」

「一緒に話したり、どこかに行ったり、そんな当たり前のことを当たり前にやってみたいのです。」

「なるほど…」

「協力、お願いできますですか?」

神崎の瞳が揺れる。

「ま、頼むだけなら…」

頼まれたら断れない性格が出る。

それに達也には悪いが俺はこうやって律儀にお願いしてくる神崎を無下には出来ない。

それは目の前のこの少女が昔、まだ俺と仲が良かった頃の憂羽の姿と重なるからだろうか。

俺のお兄ちゃんとしての性分が俺を突き動かす。

「本当ですか!ありがとうございます!ありがとうございますです!!」

神崎は嬉しそうに笑顔でぴょんぴょん跳ねる。

「じゃあ、なにか進展が会ったらまたここに来てくださいです!なゆは放課後はいつもここにいるので。」

「携帯で連絡を取り合った方が楽なんじゃないの?」

「残念ながら、なゆは文明の利器を持ち合わせていないのです。母さまが危ないからって言って許してくれないのです。」

確かにポワンとした神崎に携帯を持たせるのは心配になるという神崎の親の気持ちも分からんでもない。

詐欺とかにも気付かずに普通に接しそうだし。

「ああ、それとなんで神崎は放課後ここに入れるんだ?確か屋上って昼休みしか開放されてないだろ?昼休みが終わったら教師が見回りに来て鍵閉めるはずだし。」

「なゆは生物部なのです。ここでお花も育てているので活動の一環として特別に鍵をもらってるんです。」

「マジか、いいな、それ。」

「はいなのです。でも職員室とか校長室とかのお花も毎日お世話しないといけないのでみんな面倒くさがって部員が集まらないのです。」

「あー、だから神崎が部長なのか。」

「はいなのです。でも悪いことばかりじゃないのですよ?ルール違反ですけど好きな時にここに来ることが出来るのです。職権乱用なのです。」

「そんな堂々と言われても…」

「なんなら由真君入りませんか?動物さんのお世話もしますし楽しいですよ?」

「あー…、いや、でも俺『演劇部』入ってるから無理かな…」

「それはとても残念なのです。」

返す言葉が思いつかずただ笑って返すことしか出来ない。

そして携帯で時刻を確認すると思っていたよりもだいぶ時間が経っていた。


「わっ…やば…部活行かないと…」

一応連絡はしているがそれでも遅すぎると葉音先輩辺りが怒りそうだ。

「それは悪いことをしたのです。長い時間引き留めてしまってごめんなさいです。」

「いや!大丈夫だよ!気にしないで!達也のことは任せて!明日またここで!」

「はい、ありがとうございますです。あ、あとこんなことを言うのも悪いのですが今日のことは出来れば伏せておいて欲しいのです。」

「ああ、分かった。」

そして、俺は神崎に手を振って練習場所に向かって駆け出した。

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