突撃俺んち訪問
葉音先輩の隣を歩きながら心の中でどうしてこうなったとぼやく。
家から一番近いからという理由で高校を選んだため、俺の家までは徒歩で十五分くらいの距離だ。
事実もう家の門が見えている。
「あのー…、葉音先輩。」
「んー?なにー?」
呼びかけると先輩は間延びした声を上げた。
「えーっと…今更なんですけどホントにうちに来るんですか?」
「あれ?もしかして迷惑…かな?」
いつもとは打って変わったその弱弱しい声を聞き、俺は『うっ』と言葉を詰まらせる。
「い…いや!迷惑なんかじゃなくて!……えっと……」
何と言ったらいいものか…
両親は家にいないものの家には裏表の激しいあの妹様がいるのだ。
さすがに葉音先輩の前では良い顔で振る舞うだろうがだからって安心は出来ない。
「あ…先輩。ここ、ここです。」
家の前を気付かず、通り過ぎて行こうとした葉音先輩を呼び止め門を開けるために手を掛けた。
だが、いつもは門を開けるという動作は特に気に留めなかったものの今日はなぜだかその手が重い。
改めて見慣れた自分の家を見上げてから、小さく深呼吸。
そしてこれから起こることを受け止める覚悟をして門を開く。
そのまま玄関の扉を開けようとドアノブを掴もうとしたと同時に内側から扉が開け広げられた。
「うおぉ!!」
思わず変な声が口から洩れ後ずさる。
扉を開けた人物はそのことに気付かず(いや、もしかしたら気付いてて敢えて無視しているという可能性もあるが)顔に俺の前では決して見せない営業スマイルを浮かべて出迎えた。
「こんばんは。お待ちしておりました!いつも兄がお世話になっております!改めまして妹の由真憂羽です。」
そう言い、普段より大人しめの、部屋着としてもおかしくない服に身を包んだ憂羽はぺこりと頭を下げた。
ホント誰だ、こいつ。
少なくとも俺はこんな憂羽は見たことがない。
俺と接するときに比べて声の高さも柔らかさも全然違うし。
俺と話すときなら今よりも三倍は鋭い、声も目つきも。
外では猫かぶりなのは知っていたが、実際に目のあたりにするのは初めてなので言葉をなくす。
そんな俺をよそに本当の憂羽を知らない葉音先輩は丁寧にお辞儀をした。
「こんばんは、初めまして。私、朝陽くんと同じ『演劇部』で部長を務めております。鈴暮葉音と言います。今日はご夕飯のお誘い、ありがとうございます。」
こっちもか!!
普段のハイテンションはどこへやら、葉音先輩は事務的な口調で応対した。
「鈴暮…葉音…やっぱりどこかで聞いたような……?」
憂羽は先輩の名前を聞いた途端首を傾げて何か考え出す。
しばらく唸った後『あーっ!!』と声を上げた。
「もしかして全国模試でトップ取って表彰されたりしてませんでしたか!?」
「えぇぇぇぇぇ!!全国模試トップゥゥ!!」
とんでもない事実に一瞬頭の仲がフリーズした後近所から苦情が来るかってくらいの大声が無意識に出る。
その声に驚いたのか一番近くにいた憂羽は両手で耳を塞ぎ、葉音先輩には見えない角度で脛に蹴りを入れてきた。
「ちょっと、兄さん!!なに叫んでんのよ!?マジでうッさいから。」
そしていつもの鋭い声で小声で抗議してくる。
「おい、憂羽!全国模試ってなんだよ!?」
「はぁ?兄さん知らないの?年に何度かローカルテレビで報道されてるじゃない!?知事に賞状もらってるところが映ってさぁ。あー…兄さんはリビングでテレビつけてても携帯とにらめっこしてるから見てないのか。」
「マジでか…普段の様子からして全然そういう風には見えなかった…」
「ちょっと、兄さん。さすがにそれは失礼でしょ。…もう、兄さん。いつの間にそんなすごい人と知り合ったのよ。童貞のくせに。」
「おい、ちょっと待て。今それは関係ないだろ!…って、別に!俺はど、どどど童貞じゃねぇし!」
「あー…、はいはい。そうだねー、ニイサン、マジケイケンホウフ。」
「片言っ!!別に、俺は作ろうと思えば作れるんだよ!今は部活が忙しいからあえて作らないだけで!」
「ちょ…顔近づけんな!キモイ!マジで兄さんキモイから!!…だいたい兄さんはこういう人とはそもそも住んでる次元からして違うのよ。部活に入るって言うから何を血迷ったのかと思ったけど、まさか下心があったなんてことないわよね?」
「ばっ…!ち…ちげぇし!」
仮に下心があったとしても、それを抱いたのはここにいる葉音先輩ではないし。
玄関の陰で長い間憂羽と言い争う。
そう言えばこんなに長い時間憂羽と話したのは何年ぶりだろうか。
ここ最近はたとえ同じ部屋にいたとしても会話なんてなかったし、たまに母親の命令で俺を起こしたりすることもあるのだが、それも本当に嫌々だ。
こうして普通の兄妹のように言い争いをする日がまた来ることになろうとは。
「あのー…お二人さん?」
そこで遠慮がちに葉音先輩が声を上げた。
急に陰でこそこそと話し始めた俺たち兄妹を見て話しかけるタイミングを窺っていたようだ。
「ごめんなさーい!あたしったらお客様をいつまでも玄関に立たせたままで~。ささ、どうぞどうぞ!」
一瞬で不機嫌そうな顔を隠し、営業スマイルを浮かべた憂羽は家に先輩を招き入れる。
「失礼します。」
「葉音さん、そんなに固くならなくて大丈夫ですよ。いつも通りの話し方で。あっ、そうだ。あたしぃ、今年受験なんですよぉ。だから勉強とか見てもらえたらいいなって……」
葉音先輩と話しながら憂羽は家の奥に進んでいく。
玄関には俺だけが残された。
着替えでもしてこようかな……
靴を脱いで二階にある自室に向かう。
憂羽が葉音先輩に迷惑かけなきゃいいけど。
この食事会が何も問題が起こらずに終わりますように。
なんてそう、何かのフラグっぽいことを思わずにはいられなかった。