この学校の生徒会長
雨続きだった天気が久しぶりに回復した六月下旬。
迫りくる夏が気温を上げ気温と湿度がともに上昇中。しかも明日からまた一週間ほど雨が降ると天気予報士が言っていたのを思い出す。
この時期はいつ天気が崩れるか分からない。
一応折り畳み傘を鞄に入れては来ているものの出来れば開きたくないと思うのが本心だ。濡れるし。
雨は嫌いだ。
ムシムシするし、いくら傘を開こうと風が吹けばそんなもの意味がなくなる。
しかも今日のように雨が上がったとしても散々アスファルトを濡らした雨が湿度を上げ、ムシムシ度がさらにアップする。
まだ夏にもなっていないというのに教科書を突っ込んだリュックサックと背中の間は汗で濡れている。
冷房がまだつかないこの季節、教室はまだ窓を開ければ風が入ってくるからまだいいが部活のときは違う。
俺の所属する『演劇部』の活動場所である『私立明吹大学 三号館ホール』は地下にある。
そのため風なんて入ってこないどころかそもそも風が入ってくるための窓がないのだ。
熱気が立ち込める通学路をなんとか歩ききるとだんだんと高校の正門が見えてくる。
そこには生徒会の腕章をつけた何人かの生徒が立ってた。
どうやら挨拶運動をすると同時に服装検査を行っているようだ。
こんな朝っぱらからご苦労なことだ。
俺は校則に引っかかるほど服装を気崩してはいないので生徒会に呼び止められることはないだろう。
欠伸を噛み殺しつつ歩みを進める。
「そ…そこのひ…人ぉ…!しぇ…しぇいふくは!き…きちんときてくださ……や、着てくれると…う…嬉しいです。」
やけに聞き覚えがある声が聞こえ今通り過ぎた場所を見る。
そこには艶やかな黒髪を背中に垂らした『先輩』がいた。
夏服に身を包んだ細い肢体、真っ白な肌が目に映る。
先輩は両手で持ったバインダーで顔を隠し、俺の後ろにいた男子生徒に声を裏返しながら注意しているようだった。
「こら、桜ヶ岡!ここに立つものがそんなんでどうする!いくら鈴暮が言いだしたこととはいえ最後に決めたのはお前だろう。一度ここに立つと決めたのならきちんとその責務を全うしろ。」
「で…でもぉ…」
バインダーから少しだけ顔を覗かせた『演劇部』の桜ヶ岡先輩は今にも泣きだしそうな顔をする。
どうやら桜ヶ岡先輩が生徒会に混ざって生徒会の活動を手伝っているようだ。
まさか今日からなんて。さすが葉音先輩は行動が早い。
『素』の状態で大勢の人の前に立たせる。
桜ヶ岡先輩が演技ではない『素』の状態で人前に立つことが出来るように元演劇部で今は明吹大学に通う佳木椎菜先輩と現演劇部部長の鈴暮葉音先輩が行っている『特訓』の今後の計画を立てたのは昨日だ。
佳木先輩ははあの後葉音先輩に伝えると言っていたからまだしばらくは行われないだろうと甘く考えていたがどうやら俺の目算よりも葉音先輩の尋常じゃない行動力の方が上回ったらしい。
成り行きであったとはいえ桜ヶ岡先輩が今校門の前に立たされているという状況を作り出すことに関わってしまった俺としてはなんだかとてもいたたまれない気持ちになり、助け船を出すべく桜ヶ岡先輩の元に引き返した。
「先輩、おはようございます。」
「あ、朝陽君!」
「なんだ君は。」
そこで隣にいたいかにも真面目そうな印象を受けるおさげ髪の生徒会役員が声を上げる。
視線は鋭く少し怖い印象を受ける。
そんな目で睨まれ汗が頬を伝う。それと同時に背筋がいつの間にか伸びた。
「お、俺は『演劇部』一年の由真朝陽と言います。」
「そうか…桜ヶ岡の後輩か。知っているかもしれないが一応自己紹介をしておこう。私は三年の松風千夜という。生徒会長だ。」
「え…!生徒会長!?」
そういえばどことなく見覚えが!!
「まさか君、私を知らないというのか。入学式や全校集会の度に登壇していたというのに。」
「ひっ…ご、ごめんなさい!」
「あ、朝陽君!違うよ、違うの!」
違うって何が…
「会長さんはこんな感じだけど本当はすごく優しいんだよ。」
「桜ヶ岡、その言い方だと私がこの一年をいじめているみたいじゃないか。」
「や…ちがう…です。会長…」
やはり桜ヶ岡先輩は生徒会長ともまだ普通には話せないようで少し後ずさる。
怖くないと分かっていてもその迫力は慣れていないようだ。
「ふん…まぁ、いい。服装検査に戻るぞ、桜ヶ岡。」
「は…はい。」
震える声でそう返し桜ヶ岡先輩は元の場所に戻っていく。
「由真君…といったかな。」
「は、はい!!」
名前を呼ばれ再び背筋がピンと伸びる。
「そんなにかしこまらなくてもいい。私は生まれつき目つきが悪いから怖がられることも多くてな。でも、別に怒っているわけではないんだ。それは覚えていてほしい。」
「は…はぁ…」
「桜ヶ岡はすごく頑張っているよ。前からこの状態の桜ヶ岡のことは知っていたがやはり舞台の上の桜ヶ岡とは重ならない。でも見ていて変わろうと努力しているのが分かるんだ。」
生徒会長は薄く微笑んだ。
「俺もそう思います。」
桜ヶ岡先輩は部活での演技の練習に加え、部活後の俺の練習の付き合い、そしてこうして自分を変えようと頑張っている。
葉音先輩にどんなことをさせられてもそれが自分を変えることに繋がると信じて毎日努力し続けている。
俺も力になりたい。
そのためにも早く上手くならなきゃ……
「では、私はここで失礼するよ。今度の公演楽しみにしているよ。」
公演…?
「ちょっと待ってください。公演ってなんですか?」
そんな話は聞いてない。
「聞いてないのか?鈴暮が今度の七月に新人の顔見せ講演を行うと言っていたのだが。」
「えぇぇ!!聞いてないですよ!」
七月なんてもうすぐだ。
あ…でも思い当たる節はある。
最近は同じ脚本を徹底して練習しているし、俺と同じ一年である上月白百合の二人がメインの役をしている。
てっきり新人の俺たちのレベルを上げるためだと思っていたのだが。
「すまない。私は鈴暮に聞いただけだから詳しくは知らないんだ。詳しい話は鈴暮に聞いてくれ。」
「あ、そうですよねぇ。」
そういうと生徒会長はうんと一回頷く。
「それでは私は仕事に戻るよ。また会おう、由真君。」
そう言い生徒会長は元の場所に戻っていった。
戻っていった生徒会長とバインダーで顔を隠しながらも頑張る桜ヶ岡先輩をもう一度見届けた後再び教室目指して歩き出す。
公演のこと、昼休みにでも葉音先輩に聞かなければ……
先ほどまであった眠気はどこかにいったようで俺はなんだか晴れた気持ちを感じていた。