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どこまでもこのノリで

 由真ゆま朝陽あさひ

明吹大学付属高等学校一年一組。『演劇部』所属。

俺は入学式に『演劇部』のエース、桜ヶ岡一花先輩に一目ぼれしたーー


今日は六月二十日火曜日。

いよいよ梅雨も終わりかけ夏が近づいてきた今日この頃。

本当なら今日は『演劇部』の活動日であるはずなのだが………

「ねぇ、桜ヶ岡さんをキミのクラスに放り込むってのはどうかしら?」

目の前の私服姿の女性はサイドテールの髪を指で弄びながらそう口にする。


「あの…本当に今更なんですけど…なんで俺部活をサボってこんなところにいるんですかね…?」

そう、改めて言うが今日は火曜日。本来なら俺はこんなカフェで三つも年上の女性とお茶しているのではなく『演劇部』の練習場所である『三号館ホール』にいなくてはいけないはずなのだ。


「あら、本当に今更な質問ね、由真君。」

注文したアイスコーヒーを口に含み先輩は色っぽく微笑む。


佳木(よしき)椎菜(しいな)

俺が入学するのと入れ替わりで卒業した三つ年上の先輩で今は明吹大学文学部の一年生。

俺が椎菜先輩に会ったのは一回きりなはずだ。少なくとも学校帰りにカフェでお茶するような関係ではない。我が『演劇部』の部長である一つ年上の先輩の鈴暮(すずくれ)葉音(はのん)先輩に数週間前に紹介されたのが会った最後。


俺が今先輩と向かい合っているのには当然理由がある。


事の発端は一時間ほど前に遡る―――

放課後になり嬉々として部活に向かっているときに見知らぬ番号から電話がかかってきたのだ。

その電話の相手は開口一番にこう言った。

『こんにちは、由真君。今から会えないかしら?一花の『特訓』の件なのだけれど。』

「なんで椎菜先輩が俺の連絡先知ってるんですか!?…っていうか俺は今すごく忙しいので無理です!!部活もあるし!」

もちろん先輩たちが揃うまでは今日の活動を始められないから今はまだ忙しいとは言えないのだけれどマイペースなこの先輩に捕まればろくなことにならないと俺の本能が言っていた。


ここまで言えば諦めてくれるだろう…


そう思ったのだが先輩は俺のその言葉を予想していたかのように答えた。

『ああ。それは心配しなくていいわよ。葉音には話を通しているから。それにあなた今すごく暇そうにしてるじゃないの。』

まるで今の俺の状況を知っているかのように答える。

そんな言葉に俺は思わず動揺してしまい、声が上ずる。

「そ…そんなことないですよ!?俺今超忙しいですし!!」

「『あら、そう。ではとてもあなたが暇しているように見える私の目がおかしいということなのかしら?』」

その声は何故か二重に聞こえた。


耳に直接届く声と何故か後ろから聞こえてくる同じ声の二つ。

嫌な予感がして振り返ることもせずそのまま立ち去ろうとするとふいに肩を掴まれた。

「無視するとは後輩のくせに言い度胸ね。」

そうされれば振り返るしかなく俺は冷や汗を垂らしながらゆっくりと振り向く。


そこにはやはり俺の想像していた通りの人物が相変わらずの無表情で立っていた。

「や…いやー…、別に無視したわけではないですよ?椎菜先輩。」

「その反応がますます怪しいわね。有罪だわ。」

その冷たい声に俺の背筋が一瞬で伸びる。

「ご…ごめんなさい!!ほんとに!マジで!」

「そこまで言うなら誠意の一つでも見せてくれないと…ね? あー…そういえば今唐突に思い出したのだけれど駅前にある人気のカフェで新作のケーキが追加されたそうよ?」

「いや、ホント唐突っすね。」

「…そういえば今唐突に思い出したのだけれど駅前にある人気のカフェで新作のケーキが追加されたそうよ?」

先輩は淡々と同じ言葉を繰り返す。まるで『逃げるなよ』とでも言っているように。

「……ぜひ、奢らせてください。」


「え…でも悪いわ。会って間もない後輩に五百七十五円のケーキセットを奢ってもらうなんて…」

「いや! 俺そこまでは言ってませんよ!?絶対願望入ってますよね!?口で言っている割に全然悪びれていないどころか奢ってもらう気満々ですよね、そうですよね!?」

「あら、分かってるじゃないの。これで由真君は『佳木椎菜検定の三百級』獲得よ。」

「その検定一体どんだけの級があるんですか!?」

俺のツッコミが届いていないのか面倒くさいとでも思ったのか先輩はくるくると髪を指で弄び始める。

だいたいなんだ!?その検定!?

「それより、早く行きましょう。そろそろ私たちのイチャイチャぶりを興味深そうに見ている大学生が増えてきたし。」

そう言われようやく周りを見ると俺たちの様子を遠巻きに眺める大学生たちが周りを囲んでいた。

「先輩の今の間違いだらけの問題発言がさらなる誤解を生んでるんで注目されている自覚があるなら今すぐ黙ってください!!」

先輩が変な発言をするたびに視線が俺に突き刺さるからっ!!主に男子の!!

「ちなみに今日六月二十日までに私に告白してきた異性の数は両手じゃ数えきれないほどよ。」

「それ今言う!?だとしたらこの流れは完全にアウトです!!一刻も早く誤解を解くかここから離れないと!」

「私はさっき早く行こうと言ったわよ?引き留めたのは由真君。」


「そうでした、そうでしたね!!こんちくしょう!じゃあ、早く行きましょう!俺の所属している『演劇部』の先輩の椎菜先輩!」

「…? なんでそんな説明口調なの?」

「これ以上誤った認識をされないためです!」


―――そして現在に至る。

こうしている間にも広まっているであろうあらぬ噂のことを思うと無意識に頭を抱える。

大学(ホームグラウンド)であんなことがあったのに当の本人は何事もなかったかのようにアイスコーヒーと一緒に注文したブルーベリーレアチーズケーキを口に運んでいる。

それを見ていると先ほどのことが夢であったかのような気持ちになる。

なんか気にしている俺がバカみたいだ…やってしまったものは仕方がない。気にしない、気にしない。


気持ちを入れ替えるためにブラックコーヒーを飲む。

その苦みで気持ちが落ち着くのを確認した後目の前の先輩に目を向けた。

「そろそろ説明してください。先輩が俺を連れてきた理由を。」

「あら?さっき言わなかったかしら?桜ヶ岡さんの『特訓』についての打ち合わせだって。あなたの顔の横についている聴覚機能はただの飾りなのかしら?」

そう言い先輩は毒づく。

…ていうかそんな説明今聞いたんだけど!?そもそも……

「俺は桜ヶ岡先輩本人にもう『特訓』は終わりだと聞いたんですけど…」

 そう。佳木先輩と演劇部の部長である鈴暮葉音先輩が企てた『桜ヶ岡一花キャラ改変計画』。

こんな名前が付いてはいるがもともとは桜ヶ岡先輩の人見知り…というか『素』の状態で人前で話せなくなってしまう性格を治すために始めたことではあるのだけれど、一月ほど前に桜ヶ岡先輩と『自然動物園』に出かけたときに桜ヶ岡先輩本人からもう『特訓』は終わりだと伝えられたのだ。

それからというもの今まで桜ヶ岡先輩の『特訓』に使っていた時間を俺の演技を磨くための『特訓』に当てている。


『どっちが嘘でどっちが本当かなんて関係ない!!少なくとも俺はどっちの先輩も好きです!だから…』


そんな俺の人生最大の見せ場である告白も桜ヶ岡先輩には気付いてもらえなかった。

まぁ、でも前より距離が縮まったからいいんだけど……いや、良くはないか…

「由真君、葉音に聞いていないの?確かに桜ヶ岡さんは由真(ゆま)君とはまともに話せるようになったのかもしれない。でも変わったのはそれだけでしょう?あの子が私に要求したことは『誰とでも素の状態で話せるようになりたい』ということよ?」

ここまで言われたらもう察した。この後佳木先輩が言わんとしていることを…


「私は一度頼まれた仕事は最後まで投げ出さない女よ。どんなにあの子が投げ出そうとも関係ないわ。私は最後までやり遂げる、地獄の果てまでも。」

「いやいやいやいやーー!!怖いから!怖いですから!!なんですかそのやる気!?」

「っということだから作戦を練りましょう。」

「だいたいいつも葉音先輩と作戦を考えてたんですよね?なんで今回は俺なんですか?」

「葉音は今日は部活があるって言ったからよ。」

「そんなこと言ったら俺だって部活がありますよ!?」

「あら、そうなの?でも葉音が『今日サボった分の練習は休みの日に回す』って言ってたから大丈夫よ。」

「ちょっと待て!初耳ですよ!しかもサボろうと思ってサボったわけじゃないですし!!」

「お店の中なのだからそんなに大声出すのはやめて頂戴。店員と他のお客に注目されてしまうじゃないの。」

「それがさっき大学(ホームグラウンド)で自分から目立ちに行った人が言う台詞ですか!」

周りの迷惑にならないよう声のボリュームを下げてそう抗議すると先輩は俺の抗議など耳に入っていないようにケーキを口に運んだ。


ホントマイペースすぎるだろ、この人……

「それはそうと、早く作戦を考えましょう?私、今日は早く帰らなければいけないの。」

「早くって…門限とかですか?」

…っていうか、そもそも先輩のボケが止まらなくて時間が過ぎて行っているような気がするのだが…それを言うとさらに時間とツッコむための体力を浪費してしまいそうな予感がしたのでやめる。

「いえ、早く帰って文字列を読まないといけない使命があって…」

「それってただ単に本が読みたいってだけなんですよね!そうですよね!」

「まあ、そうとも言うわ。」

「そうとしか言わないです!!」

「…それで…桜ヶ岡さんの話の続きだけれど……」


そう言い先ほど机に広げた紙にペンを走らせ始める先輩。

「いきなり話を終わらせたり再開するのはやめてください!!俺が付いていけないから!!」

「あら、こんなところでついてこれなくなってしまうなんてそれでも私の後輩なのかしら?」

「その理屈は理不尽すぎる!!」

俺のツッコミは無視し、先輩は妖艶に微笑んで手に持ったペンの先を俺に向けた。

「ほら…まだ夜はこれからよ?私と由真君の子供を作りましょう?」

「『作戦』に『子供』ってルビ振るのはやめてください!!周りの人が勘違いして戸惑ってるから!それにまだ夕方だし!」

先輩のボケは止まらない。


結局今後の『作戦』の方針が決まったのはそれから三時間も後になってからだった。

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