あと一週間
「はい!今日の練習は終わり!みんなー!お疲れさんだよ!!」
パンパンと手を叩いて葉音先輩が部活終了の合図を出す。
公演まであと一週間ほど。
部活の練習もいよいよ大詰めになり、練習もハードになった。
放課後になったら一秒でも早く練習場所まで走り、動きやすいジャージに着替えた後各自で発声と体づくりのためのトレーニングを行う。そしてそこからはひたすら練習。台詞は頭に叩き込んだが、舞台で台詞が飛んでも大丈夫なくらい体に叩き込むようにという柊先輩の教えの通り、ひたすら練習を重ねる。
今日はいつもより俺の出番が多かったから疲れもいつも以上だ。終了の合図とほぼ同時に座り込んでから一歩も動けない。
「朝陽くん!こんなところで根を上げるなんて軟弱ものめ!キミをそんな軟弱ものに育てた覚えはないぞ!この軟弱ものめ!」
「『軟弱もの』って三回も言った!?少しくらい休ませてください!もう二時間以上もぶっ続けで練習してたんですから!」
「それだから朝陽くんは!ほら!少しはゆりりんを見習え!」
葉音先輩に急に名前を呼ばれた上月はペットボトルに口をつけながらビクッと跳ねる。
確かに多少の汗はかいているもののピンピンしている。
華奢な体なのに体力は相当あるようで何時間連続で練習しても平気なようだ。
二時間ほど練習しただけでグロッキー状態になっている俺にもその体力を分けて欲しい…
上月は葉音先輩からの突然の振りにどうすればいいのか分からないのかペットボトルを両手で持ったままワタワタと辺りをしきりに見回している。
「でも今日は朝陽君すごく頑張ってたよ、ね!葉音ちゃん。」
そんな様子を見かねてか桜ヶ岡先輩が明るく声を出した。
その笑顔が疲れた俺の心を癒す。
ふぁぁぁ~、癒される~。その笑顔だけでどんどん俺のHPバーが回復していくかのようだ。
「ま、今日のところはこれで勘弁してやろう!…あいたっ!!」
葉音先輩の台詞はいつの間にか葉音先輩の真後ろに来ていた新高先輩によってはたかれた。
「頑張ってる一年に対して何言ってんだ!」
「違うよ、違うんだよ!今のはここで満足するんじゃなくて本番が終わるまでもっとレベルアップ目指して頑張ってってことを言いたかったんだよ!」
「だったらそう言え!このバカが!」
「ああ!もう!わかった、わかりましたぁ~!叩かないでよぉ!」
頭を抱えて葉音先輩は桜ヶ岡先輩の後ろに退避する。
俺はその様子を見てどう反応したらいいのか分からず、ただ笑うしかない。
「あ、そうだ。」
葉音先輩は何かを思い出したような声を出して机の上に置きっぱなしになっていた自分のリュックサックをゴソゴソとあさり出した!
「はっくーーつ!!」
そして何枚か重なった小さな紙を掴み、頭の上に掲げた。
上月にしても葉音先輩にしても俺ほど出番があるわけではないにしてもすごく練習で動いていたはずなのにどこにそんな体力があるんだろうか…?
「それ、なんなんですか?」
上月が葉音先輩の掲げた紙に視線を向けながら問う。
すると葉音先輩は『フフフ』と小さく笑った。
「なーんと!これは参加校に特別に配布される特別チケットなのでーすっ!このチケットがあれば入場領がいらない優れもの!全部で十枚しかないけど友達とか家族とか欲しい分を話し合って仲良く分けてね!」
「へー、そんなものがあるんですね。」
「今回は特別だよ!でも数量限定!あたしは別にいらないからみんなで分けっちゃっていいよ!」
「いらないって…葉音先輩は家族とか呼ばないんですか?せっかく出るのに。」
そう言うと葉音先輩は一瞬表情を固まらせた後、何事もなかったかのようにいつものように朗らかに笑った。
「あたしのところは仕事で忙しいからね。そんな暇ないよ。あたしのことは気にしないでみんなで仲良く分けるように!…じゃ、あたしは用があるから先に帰んね!柊!というわけだから施錠よろしく!」
そう言い、葉音先輩は柊先輩に鍵を投げて渡すとまるで慌てたように走ってその場から立ち去った。
「んじゃ、俺らも帰るか。」
柊先輩のその声で我に返る。
どうやら少しの間ぼんやりしていたらしい。
立ち去る前の葉音先輩の顔がなんだか、上手くは言えないけどすごく悲しそうで…
「朝陽君?どうかしたの?」
いつまでも動かない俺を桜ヶ岡先輩が心配そうに見上げる。
「…大丈夫ですよ。少し疲れただけなんで。」
「じゃあ、今日はしっかり休んでね?無理しちゃだめだよ?」
「はい、そうします。」
俺は出来るだけ普段通りに振る舞い、そう言った。
頭の奥には先ほど見た葉音先輩の悲しげな顔が残り、離れなかった。