買い物にて
次の日も俺は一人机に向かい、同じ作業を繰り返していた。
ひたすらに問題を解きまくる。
昨日の勉強会の成果もあってか多少は前よりマシにはなったがそれでも油断できない。
集中力も切れてきた。
携帯を起動させて現在の時刻を確認する。
勉強を始めて四時間くらいか…
もうそんなに経ってたのか。どうりで体のあちこちが固まったみたいに重くて痛いわけだ。
休憩でもしようかな…
でも一回休憩したらもう『こっちの世界』に帰ってこられなくなるかも…
そう思い、断腸の思いで携帯をベッドの上に放り、ただ虚空をぼーっと眺める。
頭を使わないというだけでも多少は楽に思えた。
ーーコンコンーー
そこで軽くドアがノックされ憂羽が入ってきた。
「兄さん、暇を持て余してるなら買い物行ってきてくれない?」
「いや、お前今の俺の状態見てよくそんなことが言えるな。」
勉強道具を机いっぱいに広げ、頑張ってる兄をみてねぎらいの言葉すらかけることもなく、暇を持て余してるだと…?
「どうせ集中力切れてんでしょ?気分転換だと思って行ってきてよ。」
「いや、でも俺明日テストなんだけど。」
「集中してないときに嫌々頑張るより、気分転換して気持ちを切り替えた後にやる気マックスでやった方がはかどるって!ほら行った行った。」
そして勉強道具で散らかった机の上ににメモ用紙と畳まれたエコバックを置くとすぐに憂羽は出て行った。
文句を言う暇もないどころかその遠ざかる背中には『これ以上何か言うならわかってるよね?』とでも書いているかのようだ。
「はぁ…」
まぁ、確かに集中力が完全に切れてたし、気分転換がてら行ってもいっか…べ、別に憂羽に乗せられたってわけじゃないんだからなっ!!
心の中でそうやって気分を上げないとやっていけない。
そして俺は使い過ぎて鈍く痛む頭を何度か振ってから、着替えるために立ち上がった。
❁
「んー…」
目の前に並ぶジャガイモの山から二つずつ取り出して比べるという作業を開始してからどれくらいの時間が経っただろうか。
俺は今妹の憂羽様から仰せつかったミッションの一つを遂行している真っ最中だ。
だが、そのミッションは結構難航している。
ジャガイモの良しあしなんて俺に分かるはずがないのだが、憂羽のメモには『出来るだけ大きくて痛んでないもの』という条件が書かれている。
「んー…、これか?」
ぱっと見大丈夫そうなジャガイモを手に取る。
うん、多分これでいい…と思う。
「よし、ジャガイモはこれで良し。」
手にしたジャガイモを買い物かごに入れようとすると背後に何かの気配を感じびっくりして振り返る。
そこには落ち着いた雰囲気の女性が立っていた。
「ご、ごごご、ごめんなさい!邪魔でしたよね。」
「あ、いえそういうことではないんです。何分も真剣にジャガイモを見ていたから何か困ってるのかと思って。…それによく見て。ほらここ。芽が出てる。」
それを聞き、もう一度籠に入れかけたジャガイモをよく見ると言われたとおり小さな芽があることに気付く。
「あ、ホントだ。」
そして女性はジャガイモの棚に近づきいくつかを手に取ってそのうちの一つを俺に渡した。
「選ぶとしたらこれとかかしら。芽は食べたら危ないし、取るのも結構手間なの。」
「へー…」
「あ、ごめんなさい、つい勝手に選んでしまって。」
「…!いえ、むしろ助かりました。俺、こういうの全然分からなくて。」
『ありがとうございます』と言って頭を下げる。
「そう言ってもらえるとありがたいですけど…本当にごめんなさいね。私の娘もあなたと同じくらいの年頃だからなんだか放っておけなくって。」
「娘さん…ですか。」
「ええ、でもあの子何年か前からまともに私と話そうともしないの。ずっと部屋に籠っちゃってね。」
「え、それって引きこもりですか?」
そう言ってからハッと口を紡ぐ。知り合って間もない人の家庭の事情に踏み込むなんて…!
だが、慌てる俺の様子を見て女性は大丈夫だと手を振る。
「あの子は毎日学校に行ってるし、話してはくれないけど毎回学年で一番の成績表を机に置いていてくれるの。それに部活でも部長さんをしているみたいなの。それでね……」
そう言って女性は娘の自慢話を嬉々として語り始める。
正直なことをいうと早く帰りたかったし、初めて会った人の自慢話なんて面白いことはない、これは俺だけではなく誰もが思う感情だろう。
でも、目の前で嬉しそうに話す女性からは本当に娘のことが好きだという気持ちが伝わってきて、こんなに人のことを好きでいられるなんてとても俺にはまねできない素敵なことだと思った。