二人きりの勉強会
台詞は一番言いたい強調したいところを強調させる。
心の中で唱えてからプリントに印刷されている自分の台詞を読み上げる。
そして読み上げたところを自分なりに分析して問題点があったらプリントに書き込む。
「なあ…」
一通り台詞を読みイメージが掴めたら今度は動きをつける。
「なあってば…」
こんな狭い空間ではいつもみたいに大ききは動けないからひとまず頭の中でイメージしながら動く。
ここはもっと大きくか…こんなんじゃ、観客に見えない。
自分でも大げさすぎるくらい大きくだな、よし、メモメモ……
「おいってば!!」
「あいたっ!!」
そこで丸められた教科書で頭を叩かれようやく現実に引き戻される。
叩かれた場所を手でさすりながら恨みを込めた目で犯人を見る。
「なんだよ達也、今いいとこだったのに。」
「『いいとこだったのに』じゃねぇ!お前が勉強教えろって言うから勉強会してんのに開始一時間で現実逃避とは何様だっ!」
そう言い達也はもう一度丸めた教科書を振りかざす。
「ああ!分かった、分かったから!俺が悪かったよ!」
そう今は俺の部屋で勉強会をしている真っ最中。
なんでわざわざこんなことをしているのかというと二日後の月曜日から役一週間かけて行われる期末テストという名の魔物に立ち向かうための戦闘力を身に着けるためだ。
まあ、簡単にいうとここで赤点を取ってしまったら部活が出来ないどころかテスト後に控えている講演に出る権利を失ってしまうのだ。
そうなってしまってはこれまでの努力が水の泡になってしまう。
だから成績優秀の達也にこうして勉強を教えてもらっていたというわけだ。
途中でちょっと、少しだけ休憩という名の現実逃避はしていたが。何故かテスト前って勉強以外のことがはかどるんだよな…片付けとか読書とかゲームとか、あと今まで全くと言っていいほどやってこなかった料理とか買い物なんてものも進んでやりたくなってしまう。
「部活熱心なのはいいけどよ、お前ここで赤点取ったらマジでヤバいんだろ?」
「ああ…そうなんだよな…やだな…。…あ、そうだ…俺いいこと思いついた!」
「お前がいいことっていうときって対外ろくなこと言わないよな…」
「テスト期間中ずっと休めばいいんだよ!インフルエンザでとかで!」
「もう流行してないぞ。季節外れにもほどがある。それにテスト休んだらもうその時点で補修決定だから。部活マジで行けなくなるぞ。」
「ああ!そうだったぁ!」
「いいから勉強しろって。部活やるために頑張ってんだろ。」
「まぁ、そうだけど…」
無意識にため息が漏れる。
机に頬杖をついて今やっている数式を睨みつける。
なんでこんな枠に当てはめて計算して将来なんの役にも立たない数字を導き出さなきゃいけないんだよ…
計算なんて割合と足し算とか掛け算とか出来れば十分だろ。
やる気はすでにゼロだ。
あ……
そう言えば神崎那由との約束、まだ達也に言ってなかったな…
今、絶好の機会だろうし。
いや、別に勉強をサボりたいからとかそう言うんじゃなくて。
「なあ、達也。神崎那由って子知ってる?」
「知ってるも何も同じクラスだけど。その子がどうした?」
どうしよう。ここはなんて答えるのが正解なんだ?
神崎さんが達也のことがを好きって言うのは言えないし、なんて言おう。
「いや、なんか達也に『生物部』の活動を手伝ってほしいんだと。」
咄嗟に嘘を言う。
「生物部?ああ、確か神崎は生物部だっけ?でも何で俺?」
「いや…えーっと…なんか真面目そうだからなんかちゃんと最後まで手伝ってくれそう?だとかなんとか…」
「ふーん…」
達也は考えるように天井を見上げる。
ヤバい、バレたか?
なんだかんだで達也とは長い付き合いだ。当然嘘なんか通じない。
ごめん、神崎さん。
心の中で手を合わせる。
「まあ、いいけど。」
だが、達也が口にした言葉は俺が思いもしなかった言葉だった。
「マジで!いいの!」
「まあ、時間は限られるけどな。俺も部活あるし、少しの時間でもいいならだけど。」
「いいっていいって!じゃあ神崎さんに伝えとくよ!細かいことはそれからってことで!」
「ん…でも、お前いつの間に神崎と仲良くなったんだ?」
達也の瞳が真っすぐ俺を捉える。
「まあちょっとな。」
「ふーん…」
計算問題を解きながら達也はそう言った。