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香苗は1回だけと自分に言い聞かせていたが、既に10回以上はプレイしていた。

頭をかきむしり、納得のいくスコアが出るまで繰り返し続けた。

しかも音量も最大に近いため、吹き抜けの階段にアプリの大音量が鳴り響いている。


「なんだよ今の5コンボじゃん。」


香苗は気づいていなかったが3階部分の扉が開いた。扉を開けたのは先ほど香苗を連れ去ろうとした男だ。

しかし表情は先ほどとは異なっている。左胸にはメスが刺さったままで、口を真一文字に結び、目を見開き、顔は真っ赤だ。

もごもごした口からは泡が吹いている。先ほどと違う点がもう一つあり、左手に巨大なゴミ袋を引きずっている。袋は中身が大量に詰まっている。何もしていなければ、袋を引きずる音で気付くのだが、香苗はアプリに夢中で気づいていない。


「あー、ちょっと休憩。」


ようやく香苗がアプリを終えたのは、アプリを20回以上もプレイしてからだった。

ようやく外へと意識が戻った時、袋を引きずる音は既に2階から1階へと下りようとしていた。

ふと頭上を見ると、あの男が怒りの表情で香苗を見ている。その目はしっかりと見開かれてはいるが、どこか焦点の合っていない危険な目つきだった。


「嘘…嫌だ…」


香苗は即座にスマホの電話帳を開き、助けを呼ぼうとした。

その間にも男はゆっくりと距離を詰めてくる。表情は変わっていないが、興奮しているのか目がめまぐるしく泳いでいる。


「吉澤、香苗、さん。」


香苗は父親に電話しようと電話帳を開き番号をプッシュした。耳にスマホを当てながら距離を詰めてくる男から後退する。

電話は繋がらない。


「早く繋がってよ!」


電話は繋がる気配がない。

おかしいと思い、香苗はスマホの画面をもう一度見た。すると画面左上、電波の受信状況は圏外になっていた。


「何で圏外なの!?さっきまでアプリ出来てたのに!」


そこで彼女は男が降りてくる階段を見た。そこには先ほど自分が戻したものが床に散らばっていた。

自分が床に戻したのは1階。

今香苗は男から後退し、地下に立っている。後ろを見ると地下フロアへ通じる扉が待ち構えていた。

香苗は知らず知らずのうちに地下へと降りていたのだ。


「嘘…なんで、あたし1階にいたのに…」


悪あがきでスマホを振り、息を吹きかけたりしても電波は圏外のままだった。男が地下に降りてくる。もう距離も大分詰められていた。

香苗は行きたくなかったが、地下フロアへと逃げることにした。この際他の階段があればそこから、またなければフロアをぐるりと回って男を振り切る形で逃げ切ろうと思った。かなり疲れているがやるしかない。香苗は後ろを向いたまま、ドアノブを回す。



























ガキ、と聞き覚えのある音が響く。それは施錠され扉が開かないことを示していた。

香苗は開ける向きを間違えたと思い、扉を外や内、両方に押したり引いたりしたがドアノブは向こう側から鍵が掛けられているらしく開くことはなかった。

香苗はドアノブが開かないことを認められなかった。

ガチャガチャと何度もノブを回す。


「嫌だ死にたくない!死にたくない!誰か、誰かあああああああ!!」


泣きながら叫ぶ。吹き抜けの階段に香苗の声は響き渡る。しかし誰も来ない。いるのは目の前で左胸に刺さったメスを引き抜く男だけ。

香苗は死にたくないと叫び続けた。

頭を押さえ、うずくまりながら。


男は香苗に向けたメスを引っ込めた。メスが床に転がる金属音がする。

音に反応し香苗が頭上を見上げる。

そこには怒りから笑顔へと表情が戻った男がいた。


「し、死にたく、くないんだね、ね。行こ、ね?ね?」


香苗は安堵した。男の表情が戻ったからだ。もう腕にどれだけカタツムリを付けられようと、また振り切って逃げればいいと香苗は考えた。

だが男はゴミ袋から薬液がわずかに入った使用済みの注射器を取り出すと、それを無造作に香苗の首に刺した。


「え?」


香苗の視界が揺らぐ。男の姿がぐにゃりと曲がり、自分の声も遠くに聞こえる。ひんやりとした感触を体に感じる。床に倒れてしまったのだろう。

だが音が聞こえづらい。ひどくだるい。

よくよく耳をすますとカサカサと何か音がする。一体自分に何が起きているか理解できずに視界が白く染まり、そこで香苗の意識は途切れた。

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