脱走令嬢①
親が決めた結婚なんて、私は絶対に嫌なの。
「お前は明日17になるんだ、そろそろ…」
お父様がお母様の顔をチラチラと見ながら結婚の話を持ち出そうとしているではないか
毎日飽きもせず長々と話されるのでいい加減うんざりしてきた。
最後まで聞きたくないので、パンを一つとって、私は一目散に部屋を出た。
きっと明日の誕生日、私は婚約者を連れてこられ、流されるまま結婚まで到達してしまうかもしれない。
その前にさっさと家を抜け出してしまおう。
軽い荷物を持って、無謀な旅が始まる――――筈もなかった。
真夜中、屋敷近くの林道は月の灯りすらなく、細やかな星の、微細な輝きで、夜目のきかない私はただ感覚だけを頼りに地を歩く。
林道を抜けると更に木が連なった不気味な森がある。
「悪魔でも出そうな森ね…」
怖さをまぎらわそうと独り言を呟いたはいいが、逆に恐怖心を煽った。
本当に悪魔やゴーストのたぐいが出て、魂を抜かれてしまうのではせっかく屋敷を抜け出した意味がない。
気をしっかり持とうと誓った。
ガサガサと草むらから音がする。
私はきっと動物だと思い、刺激しないよう騒がずに通りすぎようと考え、そろそろ出てくるかと振り返ってみる。
しかし動物の去る足音もなく、何も現れないまま急に草の音は消えた。
いったいなんだったのか気になる。
私はすぐに草むらに近寄ってみることにした。
「おい」
背後から若い男性の、私を呼び止める声がする。
「はい?なんでしょうか」
声がした方へ振り返るも森は暗い為、目の前の男性の姿がよく見えない。
「こんな時間に、真夜中の森で人間の小娘が何をしているんだ」
男性は夜目が利くのか、私の背格好を当てたらしい。
確かに彼の言う通りもうとっくにの大人ですら夜中に歩かないような時刻だろう。
だが叱るようなトーンでもない。
たぶん彼は心配しているか呆れているかのどちらかだ。
表情は読めないが声でわかった
その理由は赤の他人の彼には関係のない事である。
話す必要はないだろうし話したくはない。
「それと、この森は入り組んでいる。道に迷ったなら家の近くまで連れて行くことは出来るが」
襲ってこないということは、彼は私を誘拐しようとしているわけではないのは確かだろう。
「お気遣いありがとうございます。でも結構ですわ」
普通ならありがたい、しかし今屋敷に行っても仕方がない。
きっと誕生日パーティーで縁談を持ち込まれるからだ。
まだそう決まったわけではないが一昨年と去年、同じ事があったから
今年も確実にあるのだろう。
「何か帰らない理由でもあるのか」
男性は疑問、というよりも確信を持って聞いていることがわかる。
視覚が封じられて別の感覚が研ぎ澄まされたのかもしれない。
理由を聞かれてしまったため
しかたなく、かいつまんで
ある事情で屋敷を抜け出したことのみを話す。
初めて夜道を歩き、迷子になり
ただ闇雲に動いてもしかたないのだと思い知らされた。
最初から考えが浅かったのだ。
付け焼き刃ではなくもっと前から計画をしていれば、少しはうまくいっただろう。
歩き疲れたので木に持たれながら休んでいると、隣に人の肩が触れた。
「悪いな」
私は奇妙なこの男性と、共にただじっと朝が来るのを待った。