Clover, Wednesday, and Sprout
小学生・双葉ちゃんとOL・はなちゃんのWednesday
ばいばい、と友達のみっちゃんに手をふったのは、かりふぉるにあ・ふらっとの入り口。
きょうは、クラブ活動があったので少しだけ帰るのが遅くなってしまった。
小柄なみっちゃんの高く結ったポニーテールがゆれるのを見てから、家に向かって歩き出す。
「センター」の隣の駐車場を横切っていた時。
誰かが家のすぐそばの通路にしゃがみこんでいる。
夕方に会うことはめったにない姿に、けれども、わたしはすぐに気がついた。
ボブ丈でふわふわの軽いパーマ。
「雪の国のお姫様みたい」と思うくらい真っ白な素肌に、淡い栗色の髪はとってもお似合いで。
黒髪のわたしは、密かに、いつか大人になったら真似してみたい、と憧れている。
「はなちゃん?」
そう問いかければ、はなちゃんはわたしの方をみて、少し驚いた表情をした。
それでもとびきりの笑顔で迎えてくれる。
「おかえり、双葉ちゃん。」
はなちゃんの笑顔は、友人のみっちゃんに少し似ている。
みっちゃんの笑顔をみると、ついついお姉ちゃんのように守ってあげたくなる。
はなちゃんは、わたしよりもずっと大人だけれども、そんな女の子らしい雰囲気がいつもある気がする。
「何をしてるの?」
いつもははなちゃんを見上げるしかない小さなわたしでも、しゃがんでいるはなちゃんと話すと見下ろすかたちになる。
「へへ、ちょっと久しぶりに探し物。」
『最近、ずいぶん探してなかったからか、うまくいかないんだけどね、』と一人ごちるはなちゃんの指先は、綺麗なネイルに似合わないほど、泥で汚れてしまっている。
「四つ葉のクローバー?」
その地面には、お花は見当たらず、丸っこい草ばかりが見える。
「うん、そうなの。なかなか見当たらなくって。」
わたしも、しゃがみこんだ。名前に葉っぱが入っている分、わたしもよくクローバー探しをするのだ。
「はなちゃん、今日はお仕事ないんだ?」
「うん。お休みもらったの。だから、ちょっと引越しの準備をしてて、」
確かにはなちゃんは、いつもより普段着の格好をしている。
綺麗なカーディガンやスカートではなくって、動きやすそうな細身のジーンズにパーカー。
小柄なはなちゃんには大きすぎるようなパーカーは、どこかで見たことがあるような気もした。
それにしても、はなちゃんは引越してしまうのだ。そういえば、ママが言っていた気がする。
「また、遊びに来てくれるんだよね?」
顔をあげてそう尋ねると、はなちゃんもわたしの顔を見つめて少しだけほほ笑んでくれた。
「うん、きっとね。」
少しだけ寂しそうで、いつものちょっとおっちょこちょいで無邪気なはなちゃんとは、なんだか違う笑顔。はなちゃんがまたクローバー探しに視線を落としても、わたしは少しの間、はなちゃんから目が離せなかった。
「どうして探しているの?」
探し方も忘れてしまったクローバーを。
そう問いかけると、再び手を止めて、はなちゃんはわたしをぱちくり、と見つめる。
「どうして、って?」
「四つばのクローバーを探すのは、何かお願いごとがあるの?」
新しく引っ越した先でうまくいきますように、とか?
それとも、何かほかのとても大切な。
「お願い事、かぁ。」
「そう。双葉はよくお願ごとするもの。」
ふふ、とわたしをみて笑うはなちゃんの柔らかな笑顔は、やっぱり憧れのお姉さんのそれで。
「私は、ただ幸せになれますように、って。」
「そうなの?」
思っていたことと違って、今度はわたしの方がぱちくり、とはなちゃんを見つめてしまった。
「なぁに?双葉ちゃんったら、予想とはずれちゃった?」
「うん。」
「何だと思ったの?」
興味しんしんなはなちゃんの瞳は、とてもきらきらしていて、まるで同じクラスにいる友人のよう。
「『お兄ちゃんとずっと一緒にいられますように。』だと思ったの。」
だって、尚くんとはなちゃんはいつも一緒にいてとても仲よしだから。
わたしも、引っ越したお友達がいる時や、クラス替えがあるとき、そうお願い事をするもの。
「どうしたの?」
さっきまできらきらしていた彼女の瞳が、突然、止まってしまったかのように思えた。
彼女の手から、するり、とちぎってしまった一枚の葉っぱが滑り落ちる。
「はなちゃん?あの、」
固まってしまったはなちゃんに、わたしは不思議に思って声をかける。
なんだか、はなちゃんがひどく傷ついたのではないかと、なぜだかそう思ったからだ。
けれども、はなちゃんは、二回ほどまばたきをして、それから困ったように笑った。
「ごめん、少しびっくりしちゃって」
「びっくり?」
「うん、予想外の答えだったの。」
ふふ、と再び地面を向いたはなちゃんの淡い笑い声は、溜息のようにも聞こえた。
「そっか、そうよね。」
そうも言った。思いつきもしなかったクイズの答えを聞き驚いて、しみじみとかみしめているような、そんな感じ。それでも、悔しいというよりも、悲しんでいるようで。
わたしは大好きなはなちゃんを悲しませたことに、とてもとても悲しくなった。
それでも、はなちゃんは、笑っている。
「クローバーなんて、見つかるはずないよね。」
『やーめたっ、』と、はなちゃんは諦めたようにちゃかして、わたしに笑った。
独り言みたいに、『わたしだけ幸せになろうなんて、わがままよね』と続ける。
わたしは、はなちゃんに幸せに笑っていてほしくって、急いで言った。
「クローバーじゃなくっても、幸せは見つかるよ。」
どういうこと?と問いかけるような微笑みをはなちゃんは浮かべた。
わたしは、三つ葉から一枚だけ葉っぱをちぎって“二葉”にする。
それから、はなちゃんに手渡した。
「ほら、私の名前とおなじ“フタバ”。『素敵な出会い』が花言葉なんだって。」
クローバーがちっとも見つけられない小さかったわたしに、ママが教えてくれたこと。見つけようと思えば、どこにでも、誰にでも、いつでも、幸せはあるんだって。時々は自分のためにわがまましたって、ズルしたって、神様は笑ってこっそりゆるしてくれるもんよ、って。そう言って、いたずらっぽくママは笑った。
ちぎった一枚の葉っぱも、わたしは大事にとっておく。“一葉”だって、幸せな葉っぱだもん。
「はなちゃんも、引っ越してまた新しいお友達ができるといいね。」
でも、時々は“かりふぉるにあ・ふらっと”を思い出して。
そう言うと、はなちゃんは、フタバをじっと見つめて、それからわたしに向かって、こんどはくしゃり、と泣き出しそうに笑ってくれた。
それは、さっきとは違って、悲しい笑顔なんかじゃなかった。
わたしは、心の底からほっとしたんだ。