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エッセイ

クリスマスの思い出

作者: 木村

改稿版

クリスマスの思い出



あと一か月もすればクリスマスがやってくる。クリスマスといえば、世界三大宗教の一つであるキリスト教の祭典、聖誕祭である。さらに遡れば、ミトラ教(ペルシア起源)が太陽神の新生を祝う冬至の祭りであった。しかし、そのような真面目な事情は、日本のクリスマスには全く、微塵も、これっぽちも関係ない。行事が大好きな日本人にとって、クリスマスはバレンタインやハロウィンと並ぶ、西洋気分を味わうイベントの一つに過ぎないのである。捻くれた者なら鼻で笑って、こたつで鍋でもつつくような日であるが、クリスマスを心待ちにしている人も多い。そしてその多くは脳内ピンク色のカップルか、プレゼントを期待する子供たちである。


さて、私には忘れられないクリスマスの記憶がある。思い出、と言ったほうがいいのかもしれないが、そう表現するのは私の羞恥心が抵抗する。

小学一年生の時の事だった。その時の私は、恋する乙女や恋人を持つ男女なんかよりずっと、……それこそ発情期のウサギのように、脳内がピンク色に染まっていたと思う。―――「モテたい」。小学一年生の、心からの願望であった。小学校に入学して、むくむくと女としての自我が芽生え始めていた私は「モテ」という現象に心惹かれてならなかった。隣のクラスのまゆみちゃん(仮名)が、男の子にカナチョロで驚かされたり、席替えの時に隣の席が争奪戦になったりするのを、まるで嫉妬に狂った女のように指を咥えて見ていたのだ。

だが、小学一年生の時の私は、実際には男の子からちやほやされる美少女とはほど遠かった。男の子からは格闘ごっこや芋虫とり、裏山下り競争 (これがかなりスリリング)に誘われ、さらにそれに勝ち、夏が終わる頃には私のニックネームはゴリラになっていた。それほどゴリラのような女の子だったのである。ゴリラのような女の子が、モテたい、と心の底から熱望していたのである。6歳という年齢を鑑みれば可愛らしいものかもしれない。それでも私は、『ゴリラって呼ばれてる子がもてたいなんて……恥ずかしい……』と、いっぱしに持っていた羞恥心でもって、それを一ミリたりとも、おくびにも出すことはなかった。


そんな私に悲劇がおとずれるきっかけとなったのは、クリスマスであった。

色気づいたゴリラの中にまだまだ残っていた、純粋さ。それとほんのちょっとのずる賢さ。それらが、まさに仇となってしまった。

サンタさんは、子どもにとってヒーローである。お母さんやお父さんに知られずに子どもの欲しいものをリサーチし、それを恐るべき手腕で調達すると、こっそり枕元に置いて行くのだ。人に知られたくない願望を持つ私にとって、彼がどれだけ素晴らしい存在であるかお分かりだろう。―――そう、私は気づいたのだ。「サンタさんに頼めばいいじゃないか!」と。

しかし、ここで大きな問題にぶちあたった。「モテたい」という私の願望は、非物質的なものである。枕元に靴下を下げてそこにプレゼントを入れる、というスタイルをとることから、サンタさんは物質しかプレゼントしてくれない可能性も考えられる。早熟な幼ゴリラの脳みそをフルに回転させた結果、望みをちゃんと反映して、なおかつ物質的なもの、「モテモテになる薬」という怪しげな言葉を手紙にしたためてしまったのだ。

気が早いほうだった私は、クリスマスの十日前ほどに書いたその手紙を隠しては眺め、隠しては眺め、を繰り返し、とてもウキウキとした気分で当日までのカウントダウンを楽しんでいた。学校に行って、男の子から変わらず勝負事を持ちかけられた時も、内心は「ははは、みんな十日後には私のとりこさ!」なんて本気で思っていた。……手紙をこっそり覗き見た両親が珍妙な顔をして黙り込んだ後、言葉通り抱腹絶倒して、再び珍妙な顔に戻ったことなんて、私にはまったくあずかり知らないことであった。私も親であったなら、言葉は違えども「惚れ薬」を要求した娘に、なんとも言えない微妙な気持ちを抱くだろう。


結果からいうと、私は男の子からカナチョロで驚かされることも、私の隣の席をめぐって喧嘩が勃発することもなかった。変わらずゴリラと認識して遊びに誘ってくる男の子達に少なからず絶望したことは、今でもはっきりと覚えている。何を隠そう、両親の頭を悩ませたモテモテになる薬は、オロナミンCに自作のテープを巻きつけたものであったのだ。一緒に入っていたメッセージカードには、「このくすりは、じぶんでどりょくしていた、いいこにだけ、ききます。」と書いてあったような気がする。今となっては親の苦肉の策であったのだと涙すら流せる。しかし、当時の私はモテモテになることも叶わなかったうえに、努力不足を突き付けられたのだ。そりゃもう泣くしかなかった。

サンタさんというヒーローを利用してでさえ、本当のモテ少女であるまゆみちゃん(仮名)には、結局何一つかなわなかったのである。


親の生ぬるい目の原因に気づいた時、そしてそれが親戚中に知られていた時、私は二度目の涙を流すことになった。


クリスマスの苦い記憶は、今なお苦いまま、わたしの心に深く刻まれている。


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