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魔導師オーギュスティン5

 詰所に戻ったヒタカは、来るなり「はあ…」と悄気て、いかにも憂鬱だというような溜息をついていた。

 レオニエルの異変と、ヒタカのネガティブな雰囲気にいい加減苛立った短気なアルザスは、「うっぜぇな!!」と毒を吐く。

「何なんだよお前ら!鬱陶しいわ!!」

「そんなに怒るなよ。…俺は今、凄げぇドキドキしてるんだ。まるで新種のキノコを開発した時みてぇにさ…はあ…マジで、あれ程、きつく強く踏んで欲しいって思える人を見た事が無いわ…」

 全くダメージを受けないレオニエル。

 そんなレオニエルを無視して、フラフラと自分のデスクに近付き、ガタンと突っ伏して席に座るヒタカ。ガシャンと椅子の金具が鳴った。椅子自体が古いので、乱暴に扱うなと言われた代物だ。

「やっぱり、俺なんかがあの人に近付くなんて難しいんでしょうか…年も近くないし、上品でもないし、不器用だし…はぁ…」

「あ?」

 何の話をしているのかさっぱり分からない。頭から故障したように煙が出そうな後輩に近付くアルザス。

「何の話してんだお前?」

 突っ伏していた顔をちらりと覗かせるヒタカは、「やっぱり…」とアルザスに言う。

「俺、おかしいんでしょうか」

「おかしいよ。凄げぇおかしい」

 適当に返してやると、ヒタカはショックを受けて突っ伏した。

「やっぱり…!!俺はおかしいんだ!!」

「お前がおかしいのは十分承知だよ。何なんだ、いきなり」

「サキト様が他の人を望んでるんです」

「はあ?」

 デカい大人が、女々しく嘆く様子は滑稽そのものだ。何故ここに所属する人間は、挙ってどこか変なのだろうかと、アルザスは自分だけを差し置いて思っていた。

 この後輩は、自分が支えている相手について嘆いているようだ。何があったのかは知りたくもないが、大の大人がみっともない。

「こうっ、胸がモヤモヤするんですよ…」

「胸焼けか?薬でも飲んどけ」

「いや、きゅうんと…なったり…そのう、何というか」

「恋だろ」

「あぁ、そう…恋かも」

 誘導尋問みたいなアルザスのセリフに、ヒタカはそのまま乗っていた。言いかけて、身体をガバッと起こし胸を押さえて口を開いた手で塞ぐ。

 急速に全身が熱くなり、顔が火照りだす。指摘した先輩を見上げ、泣きそうな情けない表情を向けていた。ドン引きするアルザス。

「お前」

「先輩っ!!ちっ、違っ!!ひ、酷いですっ!!」

「勝手に釣られたくせに人のせいにしてんじゃねえ!」

「まっ、まるで俺がっ、へ…変態みたいじゃないですか!冗談じゃっ、無いですよ!!」

 必死に取り繕うヒタカを冷めた目で見るアルザスは、「はあ?」と突き放しながら近くの椅子を引っ張り座り込んだ。燃えるような赤い髪が威圧的だ。

 怯えるヒタカの腕を掴むと、「じゃあよ」と話題を切り出す。

「何で悲観的に嘆いてんだよ?」

「へ…?」

「あのガキ王子が他の人を望んでるっつったよなあ?その後でグチグチグチグチと、その鬱陶しい面して喚いてんじゃねえか。自分でも分かってんだろ、お前はあの悪魔みたいな王子様に夢中なんだよ。変態なんだよ、変態!…てかよ、お前あいつで色々妄想してんだろ?お前みてぇなはっきりしねぇ性格じゃ、言いたいことも言えねぇで悶々してそうだもんなぁ?」

 次から次へと刺すような言葉を放つアルザス。

 図星を刺されながらも、違いますぅ…と半泣きでアルザスの言葉を認めたがらないヒタカ。

 そしてキノコの箱を持ったまま、夢見心地なレオニエル。

「お前、嫉妬してんだよ」

「!!…そんな事は!」

「そいつに超ヤキモチ妬いてんだよ。だからそんな面してクヨクヨしてんだろ。敵う訳無いって思ってんだ。どうよ?俺凄くね?図星めっちゃ刺してるだろ?」

 痛い場所をひたすら刺激された気持ちになるヒタカは、彼のセリフを胸を押さえながら聞いていた。生命力がゼロになりそうな時、面白がっているのかアルザスは更に追い撃ちをかけてきた。

 悶える後輩の耳元に顔を寄せ、囁く。

「正直、ヤリてぇとか思うだろ?」

 真っ赤になったまま、ヒタカは動きを止めた。そして目を閉じ、ぶるぶると首を振る。あまりにも純粋な反応に、アルザスは悪びれもせずに「マジかよ」と笑った。初恋を知った思春期の少年のような反応をするのが、何だかおかしく思えてくる。

 三十近い男なのに、あまりにも純情ではないか。

「俺はそんな事っ、そんな、不埒でっ、不敬に当たるような事は!!したくっ、ありませんっ!!」

「何それ…冗談通じねぇのかよ」

 立ち上がるヒタカを見上げ、アルザスは驚いた。冗談を素直に受け止めすぎだ。真面目なのは感心するが、頭が固すぎる。

「断じてっ!俺は!そのような事なんか…!!そんな、そんな行為をしたら、一緒に居られなくなる…!!」

 叫びながら椅子から立ち上がり、彼はその図体に似合わぬ半泣きの顔で、再び部屋から飛び出してしまった。猛ダッシュしたせいで、デスクに上がっていた書類が数枚程ヒラヒラと舞う。

 彼が居なくなった後、アルザスは椅子を回転させて、「完全に惚れてるじゃんかよ」とぼやく。まさかこうなってしまうとは。

 …サキトの護衛にヒタカを付けさせたのは、ある意味間違いだったのかもしれない。

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