理知の魔書19
殴打でヒタカははっと目を覚ます。そして、「えっ!?」と周囲を見回した。ようやく現実に戻る彼に、サキトは「また寝たら容赦なく叩くからね」と妙に嬉しそうな顔で言い放つ。
既にその責める行為が癖になりかけているのだろう。まだ十六歳だというのに。
「す、すみません!」
頭にじわじわと余韻が残っていた。
「耐性が無いから仕方無いけどさ…」
「はあ…」
「寝たら同じように起こしたげる…うふふ、凄く楽しくなりそう」
ハリセンを片手に妖艶な笑みをし、サキトはヒタカを見上げた。完全に変なスイッチが入ったのかもしれない。逆にヒタカは、そんな主人に怯えながらもゾクゾクしていた。
全身が熱くなりそうになるのを隠し、「よ、よろしくお願いします!」とサキトに言う。
魔書は二人を見下ろし、『まだまだ続くぞ!』と詠唱を始める。耐性の無いヒタカに「光が向かってきたら全力で逃げて!」と命じた。
隙が出やすいのは魔法を放った後だ。集中を切らした後ならば、人間も一瞬隙が入る。ハリセンを持ったままで、サキトは魔書に向かって走った。
「…っわあ!!」
あと少しの所で、サキトの足元が揺らぎ、床が上に突出する。魔書は笑いながら、先程と同じ魔法をヒタカ目掛けて放った。また同じ魔法!?と上昇した四角い床から見下ろし文句を言う。
虫取り網を持って、追いかけてくる眠りの魔法から逃げるヒタカ。逃げるうちに、光は次第に弱くなりやがて消滅した。
「あっ…消えた!」
とりあえず狙われたら逃げまくればいいのかと理解したヒタカは、安心して魔書を見上げる。虫取り網を構えながら、彼は緊張した顔でよしっ、と意気込んだ。
ヒタカの前に、サキトが上から降りてくる。
ふわふわした金髪をかき上げ、「この部屋も面倒だね」と愚痴った。
『嫌なら止めてもいいぞー?俺は困らないからな』
「誰も止めるなんて言ってないでしょ!」
サキトは魔書を軽く睨むと、ヒタカに行くよと促した。
浮遊する魔書にハリセンを叩き込もうと勢いをつけてダッシュし、その後にヒタカが網を手に捕らえるチャンスを窺う。すると、右からまた長方形のブロックが突き出てきた。
「ふあっ!」
咄嗟にジャンプし、そのブロックに乗り上げる。はあ、と一息ついたヒタカの足元のブロックは、そのまま真っ直ぐ移動し魔書の近くまで近付いた。
チャンスだ!と彼は虫取り網を振り上げる。
「サキト様の為にっ、捕まって下さいっ!!」
ブウン!と網が空を切る。魔書は『おっと!』と網の横をすり抜け、状況を楽しむようにヒタカの周りをぐるぐると回った。ブロックから降り、奥歯を噛み締める。
やはりすぐには終われないか、と再び網の柄を握り締めた。古く、ずっと棚に上がっていただけの書物のくせに、やたら動作が機敏だ。魔法の力が加わるだけで、こんなにも生き生きするものなのだろうか。ヒタカはサキトに目をやった。彼もまた、魔書を叩き落とそうとハリセンを操っている。
「ブロック邪魔だなぁ!!」
四方から妨害してくる四角い柱を避け、サキトは文句をつけた。
『だから嫌なら止めてもいいって言ったろ?お前みたいなガキには、俺様のような魔書は早すぎるって事さ』
魔書は魔法の詠唱を開始し、広がったページから金色の魔方陣を浮かばせる。サキトはヒタカに「逃げて!」と命令した。
『これに逃げられるかなっ?』
サキトは軽い魔法のバリアを張る。瞬時に、真っ白な光のベールが彼の周りを取り囲んだ。魔書の魔法は、即座に魔法の壁を作れないヒタカに襲い掛かる。
逃げる間もなく、ヒタカの目の前に白い靄が出現した。目を擦り、見えなくなった視界を払おうと抗う。すると、どこからともなくシャボン玉が大量に現れ、動揺する彼の傍ですぐに弾けた。
「!?」
弾けたシャボン玉から、多くのサキトの姿。
「さ…サキト様!?」
『本当に面白い位魔法に引っ掛かりやがるな!』
白い幻惑空間の中、サキトの口から魔書の声が放たれた。
『そのまましばらく迷ってな!』
『本物を探すのもいいし、俺を探してもいいぞ!』
ヒタカはううっと困惑した。
幻惑の魔法に引っ掛かったヒタカをちらりと見たサキトは、「卑怯だね」と悪態をつく。その場で立ち往生する従者を解放する術を持たないサキトは、しばらく時間が経過するのを待つしかなかった。
虫取り網を持ったままふらふらするヒタカ。
「使えないなぁ。せめてちょっとだけでも耐性があればいいのに」
こうなったら自分で動くしか無いじゃない、とぼやく。
『こいつの目の前はお前でいっぱいだぞ?その中からどうやって本物を探し当てるかな?無下に叩く訳にもいくまい』
「邪魔だから寄せてくれない?ブロックで上げて寄せといてよ」
動きたくても気になっちゃうし、と魔書に訴えた。ふうん…と浮遊する魔書は冷たいサキトを見下ろす。
『こいつはお前が好きみたいだけど、お前は冷てぇもんだなぁ。…まあいいや、お前一人で出来る自信があるのか知らねぇがそこまで言うならこいつを上げてやろう』




