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理知の魔書16

 ひょっとして…とサキトはヒタカを見上げる。そして、「もう探さなくても良さそう」と笑うと彼の手を引っ張った。老婆の姿に胡散臭さを感じながらも、ヒタカは主の望むまま動く。

 石畳をゆっくりと進んでいく彼女を前に、サキトは「ねえ」と声をかけた。返事を待つこと無く、そのまま彼は話を続ける。大通りから外れた小道は、目立つ通りと違いゴミが目立った。

 酔っぱらいが捨てた酒瓶や、店が扱いに困って放置した木樽、木箱が置かれていて、稀に野良猫がひょいとやってきては腹ごしらえになるものが無いか物色していた。

「魔法屋さんでしょ?君がやってるの?」

 ローブの端を引き摺りながら歩く老婆は、そんな彼に「やかましい子供じゃ」と嫌味を呟くが、そうだと頷いた。その返事を聞き、彼はぱっと顔を明るくする。

 繋いでいたヒタカの手を振り、やったよ!と笑顔を見せてくる。やっと目的の物を手に入れる事が出来そうだ。しかし、そんなサキトに老婆はニヤっと嫌味な笑みで「お前なんぞに扱える物があるかな」と意味ありげに言った。

「出来るよ、馬鹿にしないでよね!」

「ほう…そうかい。なら見てみようかな、お前がちゃんと扱えるのならねぇ。ほれ、ここじゃ」

 やがて立ち止まり、老婆が杖を指し示す。建物と建物の間、地下に続く階段が目の前に広がる。ただでさえ日が当たらない場所に居るのに、更に鬱屈した気分にさせられてしまうように真っ暗な階段だった。

 サキトは溜息をつく。

「よくこんな場所にお店を作る気になったね」

「嫌なら帰るんだね。ほれ、早く降りな。あたしは後から行く。…階段がきついんだよ」

 階段がある場所に自分のお店構えないでよと呆れ、サキトはヒタカに背負ってあげてと命じた。

 ヒタカはサキトの手を離すと、階段の手前で止まっていた老婆の前で背を向けて屈む。

「背負いますから、どうぞ掴まって下さい」

 老婆は広いヒタカの背中を前にしながら、意外そうな様子を見せていた。そして彼女は遠慮なく「長生きはするもんじゃ」と満更でもない口調で掴まった。

 軽々と背負われて階段を降りていく。

「なかなかいい肉付きじゃな」

「は…はあ、ありがとうございます」

「この年になって、若い男に背負われるとは思わんかった。…ふん、なかなかの美丈夫だの。あたしが若かったら離さない所さ」

「………」

「あたしはお前みたいながっちりした体型が好みでの」

 まさかこんな場所で、老婆魔導師に褒められるとは思わなかった。ヒタカは複雑な気持ちに陥ってしまう。褒められるのはありがたいのだが、何故か素直に喜べない。

 サキトはにっこり笑うと、「良かったねえ」と言った。

「クロスレイはまだ独身なんだよ」

「ほう…勿体無い。あと五十年位早く生まれてきたら良かったものを…お前さん、生まれる時代を間違えたのう」

「年の差は関係ないよ。ねっ、クロスレイ」

 階段を降りきり、老婆を下ろすヒタカは「い、今は仕事を第一に考えてますから…」と丁寧に断った。好き勝手に言わないで欲しい。どういうつもりで「ねっ」とか言い出すのだろう。

 年の差は関係ないとなれば、自分とサキトでも本人は気にしないという事だろうか。ならばあの口付けから、更に更に先に進む可能性もあるのか…と考えてしまった辺り、自分がおかしい事に気付かされる。かあっと顔が熱くなるのを必死に押さえた。何を考えているのか、と。

 ここが薄暗い場所で良かった。

 きっと今、顔が真っ赤になっていただろう。バレたら余計に誤解をされてしまうかもしれない。違う意味で。

 階段から下りたその先に、古い木の扉があった。立て付けの悪そうな閂付きの扉を老婆が慣れたように開くと、お香の香りが鼻を突いてくる。

「入りな」

「うう…っ、これ、お香?きつい匂いだね」

 ピンクの照明のせいで、余計に妖しい雰囲気の店内だった。下手をすると、アダルトグッズの店だと勘違いされてしまうだろう。天井からぶら下がる蝙蝠の干物や、瓶詰めにされた謎の植物が棚に所狭しと並んでいる。フランドルも良くこんな店を見付けたものだ。

 サキトは「お手紙貰ったんだった!」とシラから貰った紹介状を思い出す。そして、彼女から受け取った封筒を老婆に渡した。ノソノソと動き、店の奥に身を寄せて専用の椅子に腰をかけた彼女は、受け取った手紙を開封した。

「…シラの紹介か」

「そう!理知の魔書が欲しいの。ここにあるって、聞いてきたんだけど」

 手紙を読み終えた後、老婆はカウンター横の古めかしい本棚を杖の先で指し示す。

「その辺にある」

「その辺って…」

「魔力があるなら、すぐに分かるだろう?だが、本に認めて貰わないと触れさせてくれないぞ」

 意地悪だね、とサキトは膨れた。

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