理知の魔書11
相変わらず城下の街並みは、あまり下界に降りないサキトには物珍しい物ばかりのようで、大道芸人による多岐に渡る芸や子供向けの紙芝居などを目にしては、表情を輝かせヒタカに知らせてきた。毎度思うが、まだ若く色んな物に興味を持つ年頃にも関わらず、好きな時に自由に家から出られない立場である彼が哀れに思えてくる。
出られる時に思う存分遊ばせてあげたいのだが、なかなかそうもいかない。
「ねね、クロスレイのお家がある場所って、どんな所なの?」
「俺の実家ですか?」
「そうそう。最初にね、君を専属に選ぶ時に書類とかイルマリネに見せて貰ったんだけどさ。ラキサってどういう所なの?」
日差しが眩しいのか、サキトは帽子の先を軽く下しながら問う。ヒタカは若干恥ずかしそうにふっと微笑みながら「小さな村ですよ」と返す。城下しかあまり知らないサキトはへぇ…と興味ありげに呟く。
「村って何があるの?ここみたいに、お店がいっぱいある?」
「店ですか?うぅん…お店は無かったですね。皆自給自足で畑とか牛とか飼ってて、何かしら足りなかったら持ってる家に物々交換しに行ったりとか、お互いにお裾分けをするとか、そんな感じで協力して生活していましたよ。俺の実家は材木を扱ってたので、家の雨漏りや修理に行ったりして、お礼に野菜やチーズや卵とか貰ったり…」
自分が知らない生活の話を聞き、サキトは変わってるねぇと首を傾げた。生まれた時から不自由のない生活なので、彼から放たれる話の内容は完全に未知の領域のようだ。
「行ってみたいなぁ。どんな感じなんだろ」
「凄く静かな場所です。村の外れにある丘の上に大きな木があるんですが、そこの木陰が風通しも良くて気持ちがいいんです。サキト様は読書がお好きですから、読みふけるには絶好の場所だと思います」
「へぇ…いいなぁ、行ってみたいな!」
何にもないけどその代わりに自然があっていい場所ですと答えながら、ヒタカは故郷の牧歌的な景色を思い出していた。教会の司祭によって、広範囲に村の周りを魔物が寄せ付けないように結界を張っているので、牛や羊を放し飼い出来る場所だった。天気のいい日にはちょっと遠出して馬で走り回れる事も出来る。小さい頃から何の障害もなく、のびのびと暮らせる所だった。
昔から同年代の子供達と群れる事が苦手で、一歩離れて歩くような子供だったが、そんな性格とは裏腹に身体ばかり大きくなってしまったので別な意味で目立っていた。家業を手伝うには抜群の体型だったが、機材を壊してばかりなので父親に怒られてばかりだった。そんなに力を入れている訳ではない。それなのに、加減が掴めずに結局ダメにしてしまう。
両親なりに相談したのだろう。自分の子供がこれからどうやって生きていけばいいのか、と。
結果、シャンクレイスの剣士になって誰かの役に立ってこい、という結論がついた。
それが功を成したのか、今こうしてサキトの傍に居る。大抜擢に、実家の両親は大喜びだった。さすがにこのまま実家に置いて機材を壊し、家業に損害を与えてくれるよりも立派な役目を果たしてくれた方が安心するようだ。このまま成長して、彼女を作って所帯を持ってくれた方がありがたいのだろう。
…所帯を持つチャンスはなかなか掴めないが。
考えるだけで凹みそうな気がした。サキトの手を引きながら、以前フランドルと一緒に尋ねた雑貨屋の近くに差し掛かる。
「向こう側の通りにあるカラフルなお店が見えますか、サキト様?」
「ん?…ああ、あそこ?うん、分かるよ!」
「ペーパーナイフをあのお店で作って貰ったんです。ちょっと手狭ですが色んな雑貨が置いてあるんですよ。沢山珍しい物があって、店長さんが魔法関係の錬金もしているって事だったので聞いてみましょう」
サキトは前にフランドルから貰った銀のペーパーナイフを思い出す。兄の趣味に合わせた土産物を貰いたくないので、手元に無いものを指定したのだが、想像していたものよりも美しいデザインのナイフが来たので、どんな人が作ってくれたのか興味があった。
通りを横切って反対側の小道へ入る。様々な店が立ち並ぶ中、色鮮やかな織物が沢山吊るされた小さな雑貨屋ナナサの前に辿り着いた。相変わらず若い女性客が多く、入るのに躊躇しそうになる。
サキトは初めて見る城下の雑貨屋を見上げた。
「サキト様、入りましょう」
「う、うん!でも、随分小さいお店だねえ」
「サキト様は多分、廊下を歩く分には大丈夫だと思います。奥行きがあるので、狭いですがどうにか…」
女性客が絶えず入っては出ていく様子を見ながら、二人は店の入口へ足を踏み入れた。奥から漂ってきた特徴のあるお香の匂いに、ついサキトは咳き込む。




