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強さの理由8

 ただ暗いのは我慢できるのに、雷が苦手なようだ。仕方無いなとヒタカはくっついてくるサキトの頭を撫でながら、「大丈夫ですよ」と宥めた。ぎゅうっと自分の服を握ってくる彼がとても小さく見えて、更に守りたくなってしまう。

 明かりが直るまでこうしていましょう、と根負けするヒタカを見上げた後、サキトはぽふんと彼の胸に顔を埋めた。

「そう。それがいいよ。うん」

 大きな腕に包まれ、安心したのかようやく落ち着いてきたようだ。たまに周囲が光ると、ぴくりと身体を動かし力が籠る。素直じゃないのがまた、彼らしい。

 少しは正直に甘えてくれてもと思う。

「ひゃっ!」

 雷鳴の音に激しい雨。サキトは小さく悲鳴を上げると、ヒタカにひたすらしがみつく。くすりと笑いながら、主人を守る剣士は彼を優しく落ち着かせていた。

「あぁ、もう嫌…」

「どうしてそんなに怖がるんですか?自然現象なのに…」

「嫌なものは嫌なの!」

 眼前に揺れる金色の柔らかな髪を見下ろしていると、やがてサキトは拗ねた顔を再び見せながらこちらを見上げる。長い睫毛を揺らし、同性とは思えない顔を少し歪めながら「君には分からないよ」と呟く。

 華奢なサキトの身体を支えたまま、ヒタカは「はあ」と気の抜けた返事をする。ふんわりした素材で作られた寝巻に身を包み込む彼を抱き締めたままだと、変な気を誘発させられそうになりそうだ。理性を保ちつつ仕事なのだと言い聞かせていく。

「ネズミを踏んだの」

「え?」

「こういう酷い天気の時に、真っ暗な部屋でネズミを踏んだの」

「は、はあ…?」

 ふるふると震えるサキトは、その事を思い出したのかヒタカの胸に顔を埋め「ああ、嫌だ嫌だ…!!」と叫ぶ。やけに大袈裟だなと思ってしまったが、これが貴族と一般民の違いなのかもしれない。ヒタカにとっては、小屋でよく見かけるものだと思っていたから何とも思わないのだが、サキトにしては絶望する事件だったらしい。

 心配して損をした気分だ。

「暗くて、足元が分からなくって。ぶにゅってなったから、何かと思ってたら…明かりがついて見てみたら、スリッパの裏側についてるじゃない!!知らないで僕、ネズミを踏んでたの!!」

「それは…災難でしたね…」

 何だ、その位大したこと無いですよとは言いにくいが、暗闇でいきなり踏まれたネズミには同情したい。色々とフォローを考えていたヒタカは、気が抜けたのと同時に返す言葉を失ってしまった。

「穴を塞いで貰ったけど…クロスレイ、もし見つけたら僕を守ってね!ネズミ、大丈夫でしょ?」

「それは構いませんが…」

 やがて室内の明かりが灯り、お互いの顔がはっきり分かるようになった。他の誰かが調整してくれたようだ。サキトは天井のシャンデリアを見上げ、ほっと安堵の表情を浮かべる。

「良かった。サキト様」

「ん?」

「そろそろお休みに」

 くっついていたサキトを引き剥がそうと腕を伸ばすヒタカ。

 しかし、彼はそのまま体重を押し戻すとヒタカの身体を床に押し倒していた。

「わ!!な、何ですか、サキト様!?」

 またかとヒタカは当然のごとく慌て、のし掛かってくる主を見上げる。自分からは抵抗しにくい状況に置かれ、彼は寝かされたまま相手の出方を見た。

 サキトはヒタカを両手で押さえ付け、彼の顔に自らの顔を近付けると、「ね」と変に優しい声音で話を切り出す。

「僕がもし、危ない目にあったりしたらすぐに駆け付けてきてね。君は僕に忠実だから、とても頼りにしてるんだよ」

「は…っ、はい!分かっています、分かってますからサキト様、避けて下さい…!」

 小悪魔の部分が見え隠れするサキトを、どうにか離そうとヒタカは慌てる。寝巻の首から僅かに開く胸元がやたら色っぽさを醸し出して見えるあたり、自分がサキトの毒気に感化されているのだと自覚した。

 そろりと首に指が伝う。ぞわりと全身に何かが走った。アルザスとの戦いよりも恐怖感を感じたヒタカは、自分の心臓がばくばくと鳴り響いているのに気付く。

「合格」

「は…?」

「君に盟約の証を渡しといたけど、今まで僕が一方的に話しかけなきゃ会話が出来なかったでしょ?君がどれだけ僕に忠誠を誓っているか様子を見てみて、信用性が高いなら、君からも話せるようにしようって思ってたの。ただ、君…魔力無いでしょ?」

「へ…?えっ?」

 つい泣き声みたいになるヒタカは、冷や汗をかきながらサキトの言葉を聞いていた。つい数分前の護衛剣士らしい頼り甲斐のある表情とは全然違い、今の彼の顔は苛められっ子の様相。

 サキトは困ったように「仕方無いね」と溜息と共に呟くと、ヒタカの薄い唇に親指を当てる。

「さ、サキトさま…?」

「少しだけ、僕の魔力をあげる。そのまま目を閉じて」

「は、はい…?」

 どうやって?ときょとんとするヒタカ。サキトはかあっと僅かに顔を赤らめながら「早く!」と促しながら、空いた手で融通の利かない彼の目を隠した。

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