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強さの理由5

「あんな奴のどこがいいのか俺にはさっぱり分かりませんよ」

「んー?」

「何でもねぇっす」

 とにかくさっさと居なくなって欲しい。アーダルヴェルトは睡魔と戦いながらうろうろし始めるサキトを見る。やがて彼は、別の机に上がっている透明な箱に気付いた。

「あれ、何これ?」

「んあぁ?…ああ、それっすか?レオニエル先輩が育ててるキノコですよ。おっさんの靴下っていう名前です」

 箱の中には原木にくっついているくたびれた茶色いキノコ。黒や赤茶系の斑点模様の、あまり見たことがない姿をしている。

 サキトは怪訝そうに眉を寄せ、箱を回転させながら暴言を口にした。

「おっさんの靴下?酷いネーミングセンスだね。ダサすぎない?誰が付けたのか知らないけど…」

「俺が勝手に付けたんです」

「………」

「………」

 開かれた窓から穏やかな風が入り込み、両者を撫でる。サキトは妙にがっかりしながら、「センス悪…」と吐き捨てた。


 訓練場の壁に、背中から激突したヒタカの目の前に、アルザスは身動きを許さぬように木刀の先を突き付ける。その光景に、周囲の剣士達は勝負がついたと判断した。

「まだまだだな、クロスレイ」

「ふあ…」

 つい気の抜けた声を上げてしまう。

「お前の馬鹿力はよーっく分かったわ。ただ…」

「は、はい」

「動きが鈍い。まあ、ガタイがでけぇから仕方無ぇか…」

 彼は木刀を下げた。ヒタカはゆっくりと立ち上がると、汗ばむ額を拭いながら「完敗です」とアルザスに言う。

 攻防戦を繰り返していったが、護衛剣士の上官に当たるアルザスからの攻撃は身体に重く響いた。それが蓄積されていったのか、最終的には動きが鈍くなってしまったのだ。

「あまりムカつく顔が見れなかったのが残念だな。まあいいや」

「久し振りに動いたのでいい運動になりました」

 ありがとうございます、と礼を言う。周囲の剣士らは、滅多に見ない勝負に拍手していた。アルザスは木刀を返しながら彼らに練習を再開しろと命じる。

 ばらばらと散会する剣士達を見送った後にヒタカは「またぜひ宜しくお願いします」とアルザスに頭を下げた。次は彼を打ち負かしたいという気持ちが湧いてくる。

「気が向いたら相手してやるよ」

「はい、ぜひ!」

 素直な後輩にアルザスはペースを崩されそうになるが、「長居するのもあれだからここから出るぞ」と促した。むさ苦しいし、と汗を拭う。

 汗と土の混じり合う空気の訓練場を早々に後にし、外に備え付けてある洗い場で二人は休憩を取ることにした。顔を洗い、冷たい水を口にする。アルザスは一息つくヒタカを横目で見ながら「お前みたいなタイプがこんな場所に来るとはな」と呟いた。

「え?」

「こんなむさっ苦しい剣士しか居ないのに、お前みたいなヘラヘラしたヘタレな奴がよく我慢出来たもんだよ」

 水滴を髪の先からぼたぼた落とし、ヒタカはきょとんとする。

「へ、変でしょうか?」

「変も何も、よく城の剣士まで成り上がったよ。どう見ても初日で脱走しそうだしな」

 そんな風に見ていたのかと、ヒタカは肩を落とした。

「実家から国のお役に立ってこいと無理矢理出されたようなものですから、さすがに脱走出来ませんよ」

「は…ん、珍しいな」

「親父からお前はデカイのと馬鹿力が取り柄だからって。家業を継いでも良かったんですけど…しょっちゅう機材を壊してしまうのでもう触るなと言われちゃって」

「家業?」

「ラキサの木こりです」

 ヒタカの返しに、アルザスは「はは」と笑った。何故かすんなりその姿が想像しやすい。

「お前、その方が似合ってんじゃん。だけど機材をぶっ壊すってどんだけ手ボケなんだよ」

「木こりの他に、選択肢が無かったんです。親父の言う通り、俺には機材を壊す位の馬鹿力しか無いから…ですが、ここに来て良かったと思います」

 力加減が分からないのだろうか。それにしても、この後輩は他の剣士よりも遥かに馬鹿力過ぎる。一番始めに、ヒタカが詰所のドアノブを壊した時の泣き出しそうな顔を思い出して笑いそうになる。

「先輩は何故剣士になろうと思ったんですか?」

「あ?俺か?」

「はい」

 近くに置いている木のベンチにドカッと腰をかけると、アルザスは「そうだなぁ」と天を見上げる。そして、意外すぎる言葉を放ってきた。

「飲んだくれの糞親父と、色狂いの母親から逃げたかった」

「へ…」

 意外な答え。

 あまり聞いてはいけなかっただろうかとヒタカは萎縮する。汗が次第に引いてきて、風が涼しく感じるようになった。

「あ、あの…何か、すみません」

「冗談も通じねぇのかお前は」

 小馬鹿にするようにアルザスは言うと、「真面目過ぎて困るわ」と笑った。

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