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王子様の献身16

 そのサキトが信頼する証をヒタカが持っている事を知り、アンネリートは絶句する。あの気難しい性格の王子様が、それだけ彼を買っているのかと。ヒタカがサキトの事を大事に思っているのは分かったが、こんな彼のどこがいいのか未だに理解できなかった。

「あ、あのう…」

「わ、分かったわよ!」

「はあ」

 アンネリートは縮こまるヒタカに対して反発心を持ちながら、サキトが待つ厨房へ行くために部屋を飛び出していく。扉が閉まり、部屋から離れていく足音を聞きながらヒタカはホッとした。文句を垂れ流しに部屋に来たように思えてしまい、ようやく気分が解れていく。

『クロスレイ』

『(は、はい)』

『アンネリートは?』

『(あっ、もう向かいました!)

『そう。…全く、自分の指を切るし途中で居なくなっちゃうし、しょうがないんだから。でもね、手伝って貰ったんだよ。楽しみにしててね』

 その口調から、どうやら楽しく料理が出来たようだ。ヒタカはそうですかあ、とサキトに返事をしながら微笑む。滅多に無い経験をさせて貰って上機嫌のようだった。


 ほかほかしたスープ入りの鍋を部屋に持ってきたアンネリートは、開口一番「ベッドから出なさい」と不躾にヒタカに命じた。怪我をしたにも関わらず重い鍋を持っていたのは、サキトには持たせられないという気持ちからだ。ヒタカは言われるままベッドから降り、食器の用意を始めた。

 食器の数を確認したアンネリートは、不思議そうにヒタカに問う。サキトとヒタカの二人分を用意すると思っていたが、一つ余分に見える。

「…三つ…?」

 眉を寄せるアンネリートに、ヒタカは「えっ」と驚く。

「三つ、ですが…」

「僕とクロスレイと、君の分だよアンネリート。君も手伝ってくれたんだから」

 アンネリートはサキトの発言にぽかんとした。自分は手を切るだけで何もしていない。しかも一旦席を外していたのだ。サキトが頑張って作ったスープを口にする資格など…。

 返事を詰まらせていると、サキトは彼女に「ほら!」と促す。

「で、ですが私は…」

「いいから席について!早くしないと冷めちゃうよ」

 無理矢理アンネリートを座らせ、サキトも彼女の隣に腰掛ける。そしてヒタカに「クロスレイ、取り分けてね」と頼んだ。命じられ、ヒタカはオレンジ色の鍋の蓋を取る。同時に沸き上がる湯気と、生姜や野菜の甘い香りがふんわりと漂ってきた。

 彩りも良く、美味しそうなスープの出来映えにヒタカとアンネリートはつい溜息を漏らした。

「わあ…!」

「まあ…サキト様、よくお作りになりましたわね」

「ほとんどはあのメイドに任せちゃったから、僕はあまり手をつけてないの。お野菜を切った位しかしてなかった」

 さすがに、全てサキトにやらせる訳にはいかなかったのだろう。厨房に居る料理人達がハラハラしているのを想像しながら、ヒタカは器に綺麗に盛り付けた。

「とても元気になりそうなスープです」

「なりそうな、じゃなくてなるんだよ、クロスレイ?ほら、早く食べて元気になってね!」

 全員のを器に盛り付けた後、ヒタカはサキトに改めて礼を言う。

「俺なんかの為に、わざわざありがとうございます」

「お礼なんかいらないよ。元々僕が悪かったんだし…君に何かしてあげなきゃって思ったんだから」

 素直に自分が悪いと謝るサキトを、成長したのだと教育係として喜ぶべきなのかどうなのか、アンネリートは複雑な心境に陥っていた。自分がサキトを幼年期から見ていたのに、一見頼り無さそうな何の面白味のない大男の存在が大きくなっているのが悔しい。

 温かいスープを見つめていると、サキトの声が飛び込んできた。

「アンネリート!」

「はっ…はい!」

 つい考え事をしていた彼女に、サキトは「早く食べないと冷めちゃうよ!」と注意する。

「はい!では、いただきます」

「まだ沢山あるから食べてよね」

 無邪気なサキトは、ある意味残酷だと思う。ふと沸いた寂しさを払拭し、アンネリートは早速スープを口に運んだ。甘い野菜が溶け込んだスープに、ピリッとする生姜が全身に染みてくる。まるで気紛れなサキトの性格そのものだ。

 ヒタカはふわあっと微笑むと、「とても美味しいです」とサキトに言った。初めての料理にしてはかなり上出来だ。

「後でレイチェにもお礼言わなくちゃ」

 自分だけの力で作ったんじゃないからねと照れながら言う王子に、ヒタカは「ご立派です」と褒める。

「俺、元気になりますよ」

「そうですわね。早くあなたに良くなって貰わないと困りますわ」

 野菜を飲み込むアンネリートはヒタカをじろりと見た。こんな相手でも、サキトが信頼するなら仕方無い。ヒタカはきょとんとして彼女を見返した。

「私、あなたを別に認めた訳じゃありませんわ。サキト様があなたを大層信頼しているようだから、仕方無く接してるんですからね。それなりにきちんと働いて貰わないと困ります」

 突っぱねる言い草に、サキトはつい唇をへの字にする。

 全然素直じゃないねえ、と呆れる主人とは逆に、従者のヒタカは苦笑いした。

「はい。肝に命じておきます」

「はあ…アンネリートは堅物なんだから…」

 困り果てるサキトをよそに、アンネリートはヒタカから目を反らすと「スープが冷めますわ」と促した。

「早く食べないと」

 サキト様がお料理を手掛けるなどと、滅多に無い機会だから感謝なさい、と上から目線で言うアンネリート。ヒタカは、彼女は普通の人より難しいなと思いつつ、最初の一杯を平らげていた。

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