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王子様の献身11

 それは褒め言葉として受け取っていいのだろうか。だが、ありがたい言葉だった。ヒタカはルーヴィルの背中に向けて頭を下げ、「ありがとうございます!」と礼を返す。

 ついぼうっとして、ヒタカははっと現実に返った。早くサキトの元へ行かなければ。彼は慌てながら小さな主の部屋へ急いだ。


「あは、ありがとうクロスレイ!」

 ヒタカから受け取った本を胸に抱き締めながらサキトは笑う。

「最近新しい本が出なくて困ってたの。同じ本を何回も読むのもあれだし…良かった。これで暇潰しが出来るよ」

 気になって購入した変な本だが、そこまで喜ぶとは思わなかった。サキトの嬉しそうな様子に、ヒタカはほっとする。ぱらぱらとページを捲りながら興味深そうに眺めていく。その間、ルーヴィルから貰った薔薇を花瓶に差しておいた。沢山あれば、更に美しさを増すだろう。

「ほら、クロスレイ。ベッドに横になって!まだ君は怪我人なんだから!」

「は、はい」

「少しの間は僕の部屋に居てもらうからね!」

「サキト様、俺の事はお気になさらなくても」

「駄目!」

 本を閉じ、頬を膨らませると彼は「大人しくして!」と告げ、ヒタカの背後に回ってベッドへ向けて押し出していく。小さいサキトが大きなヒタカを押すという様子は、やけに滑稽に見えた。

 ベッドに突っ伏したヒタカを見下ろしながら、サキトは「いい子にしてるんだよ」と満面の笑みを浮かべる。完全に子供扱い。

「あの…」

「うふふ」

 彼はそのままヒタカから借りた『奇妙な料理大全』を手に取り鼻歌混じりにページを開いた。大人しくベッドに横たわるヒタカを他所に料理の記事にひたすら目をやっていると、サキトは「うーん」と唸り声を漏らした。

 ちらりとヒタカを見る。

「どうされましたか…?」

「血が足りなさそうだね、クロスレイ」

「へっ!?」

 サキトはにっこり微笑んだ。ヒタカは彼が何を考えているのか分からず、目を丸くする。ぱたんと本を閉じると、「ねえ」と話を切り出す。

 何故か嫌な予感がしてきた。

 ふわりと髪を揺らしながら、サキトは寝たままのヒタカに近付く。そして無邪気に微笑んだまま、顔色も良くないし…と言い出してきた。

「な、何の話です、か?」

「んっ?えっとね、大怪我して血が足りないと思うの」

「は…はあ…」

 何を言いたいのだろう。包帯を巻いた頭を軽く掻きながら、ヒタカはサキトを見つめた。

「待ってて、クロスレイ。顔色が良くなる物を作ってきたげる」

「ええっ!?さ、サキト様!?」

 つい横たえていた身体を起こす。

 サキト自ら作るのだろうか。そもそも、食事を作って貰う立場の彼が料理するなどとは考えられない。ヒタカは更に嫌な予感が増すのを感じていた。止めた方がいいのだろうか。だが、彼の好意を無下にしてはいけないような気がする。

 どう言葉をかけたらいいのか分からずにいると、サキトはにっこり笑って「君は寝てるだけでいいよ!」と言った。

「あの、何を作」

「それは相談してくるから、楽しみにしてて!」

 ヒタカの声を遮断してうきうきしながら言うと、彼は部屋から出ようとする。

「クロスレイ、黙って寝ててよね!」

 彼はそう言い残し、ヒタカを残して居なくなってしまった。ぽつんと残され、呆然とする。

 何もそこまでしなくてもいいのに。それに、彼に料理を作るなど、周囲が許してくれるのだろうか。しかも、たかが一般人の剣士の為にわざわざ王子である彼が料理を振る舞おうとすると知れば、無礼だと怒られそうだ。

 ヒタカは「あぁああ…」と頭を抱えてしまった。


 部屋を出たサキトは、階下の厨房に向けて歩いていた。軽やかな足取りで階段を降りる毎に、人の気配がしてくる。様々な人間が行き来する騒がしい音も聞こえ、あまり階下に降りる事の無いサキトには物珍しく見えた。

 そして、城内の最上階にある王族の生活空間には一般の者は立ち入りする事は無い。

 厨房は城の一階にある。早いうちに料理の仕込みをするので、常に誰かしら居るはずだ。何を作ろうかなと考えを思い巡らせていると、「んまあ!サキト様っ!!」と声が飛び込んできた。

「こんな場所で何をなさっておられるのです!」

 またかぁ…とサキトは眉間に皺を寄せる。

 カーペットの上を早足で駆け付けるアンネリートは、サキトの前に立ちはだかり仁王立ちになると、「ここに居てはいけません!」と注意してきた。

「僕は用事があるんだよ!意地悪言わないで!」

「何をされたいのです?」

 口やかましい彼女を見上げていたサキトは、「あっ」と閃いた。聡明な家庭教師のアンネリートなら、料理に詳しいかもしれない。

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