王子様の献身8
「あっ、あの…俺はサキト様をお守りするだけで特に何も考えてませんけど」
「ふん。口ではいくらでも言えるのよ」
図体はデカイくせにどこかオドオドしている護衛剣士を見ながら、アンネリートは冷たく突き放す。サキト様はこんな男のどこに魅力を感じるのかしら、と愚痴をこぼした。
本人を前にして無礼な言動を放つ彼女に、いくら何でも酷くないかと疑問を覚えてしまう。貴族だからと言って、やっていい事や悪い事もあるだろうに。格下相手でも、優しさを見せる貴族も居るのに、まるで不審者扱いだ。
稀に一般から出てきた剣士をゴミか何かのように扱う貴族も居る。アンネリートも彼らと同じ系統のように見えた。
「いい事?くれぐれもサキト様に余計な事をしないで頂戴よ?あの方のお陰で、あなたみたいな下賤な階級の人間がこの王宮で幅を利かせられるのだから、感謝しなさい。間違っても出過ぎた行為をしてはダメよ!」
「十分、理解しています」
はあ、参ったな。早くどこか行って欲しいんだけど…と、ヒタカはアンネリートに忠告を受けながら思っていた。
「本当かしら」
やけに突っ掛かってくる。やはり、ベッドの上でサキトが自分に乗っかかっていたのを目撃したのが効いたのだろうか。やましい事は何もしていないのだが、アンネリートにはショックだったのかもしれない。
由緒正しい貴族出身のお嬢様ならば、育ちからして異性関係は厳しくしつけられたのだろう。だから余計に毛嫌いしそうだ。
「ま、とにかく。あなたのような人間がサキト様の部屋を徘徊するなんて、私には理解出来ないのよね。ちなみにあなた、結婚は?」
「へ?」
「結婚してるのかどうか聞いてるのよ」
「いえ…あのう、それとサキト様と、一体何の関係が」
口答えしてくるヒタカに、アンネリートは舌打ちしながら「いいから答えなさい!」と怒鳴った。
「まだです」
「ああ、そう。なら余計に警戒が必要よね」
「警戒って…何のですか?」
美しく纏めたひっつめ髪を軽く押さえ、アンネリートはヒタカを見上げる。彼女は美女に含まれる顔立ちだが、あまりにもきつそうに見えるので損をしている気がする。
分からないの?と嫌そうな表情を浮かべた。
「あなたがサキト様に悪戯をしないかどうかよ」
「俺が…!?そんな、冗談じゃない!俺、いや私はあのお方に忠誠を誓ってます!そんな恐ろしい事をする筈がありません!恐れ多い!!」
確かにサキトの悪戯で、変な気持ちになる時が多々あるが、どうにか堪えている状態だが、彼に手を出すのはさすがに抵抗がある。必死に我慢しているのに、どうやら彼女は自分からサキトに迫っている可能性を視野に入れているふしがある。
手を出せばとんでもない問題になるのは誰もが分かりきっているのに。
「サキト様はあの通り、姿見が優雅ですからね。うっかり間違いなど起こさないようになさい。あなたは見た感じ、モテなさ過ぎて同性に走りそうに見えなくもないから」
…酷すぎるいい草だ。ヒタカは今までにない位凹んだ。モテなさ過ぎて、とは何なのだろう。自分はそんなにまで異性に魅力が無いのだろうか。
アンネリートはふんと鼻を鳴らずと、そのままその場から立ち去っていく。ヒタカはショックで棒立ちになりながら、外見はそんなに大事なのかと手で顔を覆う。
確かに、今まで付き合っていた相手からは身体はいいと言われたが、顔については特に触れられる事がなかった。優しそうとは良く言われていたが、そんなに頼りないのだろうか。
そもそも、身体はいいという褒め言葉もおかしい。
一人で打ちひしがれていると、詰所から疲れたように出てきたアルザスがヒタカに気付く。
「何してんだ、お前?」
「あ…先輩…」
「ふらふらして大丈夫かよ?」
「歯磨きしようと思って…」
遠慮がちに微笑む後輩剣士を、アルザスは「さっさと行けよ」と告げる。暑苦しい男二人で談笑する程、自分は暇ではない。しかしヒタカは、あのうと会話を切り出した。
「あぁ?」
「あの…俺って、そんなにモテなさそうですか?」
「は?」
アルザスは彼をまじまじと見回した後、「モテなさそうだわ」とはっきり断言する。すると、質問したくせに彼はショックで泣き出しそうになっていた。
やはりこいつは鬱陶しい。短気なアルザスはヒタカの反応に苛立ち、「何だよ!!」と怒鳴った。何か言われたのかどうかは分からないが、そうだと言えば凹む。救済の言葉が欲しいのだろうが、面倒なので言いたくない。
「お前のそういう所だろ、モテなさ過ぎんのは!お前、俺にどう言って欲しいんだよ、そんな事ねぇよって慰めて欲しいのかよ、気持ち悪い!!」
「じ、じゃあ先輩の言う男の魅力って何ですか…」
「あ?…魅力ぅ?そりゃあ」
問われ、アルザスは考える。しかし、下ネタしか浮かんでこない。そして、一般の兵舎の浴場で目にしたヒタカの強靭過ぎる身体を思い出すと、彼は舌打ちした。
…誰もが羨むもんを持ちやがって!!
そう思った瞬間、妬みが湧いた。
「…そんなん自分で考えろや!くそったれ!!」
「答えになってないじゃないですか!!」
「うるせぇ!俺は便所に行きたいんだよ!邪魔すんな!」
暴言を吐き捨て、アルザスは手洗い場へと去っていく。




