盟約の証5
「はい、サキト様」
搾りたてのフルーツのミックスジュースを受け取り、サキトはいただきますと言うとストローに口をつけ一気に吸い込んだ。氷も入っていて、キンキンに冷えたジュースは彼の頭を直撃する。
「んんん~!!頭ががんがんする!!」
「一気に飲むからっすよ!」
「冷たーい!」
物凄く冷たいが、色んなフルーツの味を感じた。バナナの味が強く、甘さが際立っている。ゆっくり飲まなきゃ、とジュースを飲むアーダルヴェルトに、サキトは「これも歩きながら飲めるね」と笑った。
両手一杯になるサキトからスティックポテトの箱を取り、彼が迷子にならないよう手を繋ぐ。その様子は、非常に仲の良い兄弟にも見えた。
「公園にベンチがあるんでそこで食べましょ。すぐそこですし」
「うん!」
一国の王子様というのを省けば、サキトも普通のお坊っちゃんだ。多少世間知らずだが、育ちを考えれば仕方がない。大通りを走る馬車の音を聞きながら、二人は街の中で一番大きな公園を目指す。
緑に囲まれている公園が近くなる度、アコーディオンの賑やかな音や子供達のはしゃぎ回る声がする。サキトは気分が高揚してきた。
「お祭りみたい!ね、早く行こ!!」
「そんなに急がなくても公園は逃げませんよ」
「でも、早く行きたいじゃない!ねっ」
…可愛い。同性で、しかも嫌いなタイプの性格なのに。アーダルヴェルトは彼の素直過ぎる喜びっぷりに、つい普段とは真逆な気持ちに陥っていた。
毎度顔を合わせれば上から目線で物を言う彼が癪に触って鬱陶しさを感じていた。今のサキトは、その辺に居る子供と大差なく本気で楽しそうにしている。
連れ出したのがバレたら雷が落ちるだろうなとぼやいていると、繋いでいた手をくいくいと引っ張られた。
「アーダルヴェルト」
「んあ?」
「ぼんやりしないでよ」
急かすサキトの手を握ると、「悪かったっす」と小道に入った。まずは彼の素性が分からないように細心の注意が必要だ。アーダルヴェルトは帽子を深々と被る彼を見た。本人も自覚しているようで、自分の手を放さない様子だ。
「呼び出し用のネックレスはありますよね」
「いつもつけてる」
「何かあったらすぐに連絡して下さいよ」
サキトの帽子頭がこくんと傾いた。彼の胸元にはセラフィデル家の紋章が付いた魔石のネックレスがかけられている。その宝石にはサキトの魔力が込められていて、緊急事態の際には即座に護衛剣士が察知出来るようになっていた。アストレーゼンに行った際にも、有事の際に役立ったのだ。
剣士側にもネックレスと連動したリストバンドが支給され、常に身に付けるように言われている。しかしあまり豪華なデザインでもなく、白くがっちりした制服には似合わぬ貧相な代物で、ほとんどの剣士はそのリストバンドをうまく隠している。
「うん。ネックレスもあるし、指輪もクロスレイに着けさせてるから大丈夫だよ」
「指輪…ねぇ。随分とお気に入りっすね、クロスレイの事」
傍に置きたい人物に与える盟約の証。付けられた本人はたまったものではないだろうが、サキトにとっては無いよりはマシなのだろう。
「あまり見ないタイプだからね」
「ま、確かに」
短気すぎる同僚に囲まれているせいで、ヒタカの存在は特質な物だと思う。
「少し頭が固いけど」
「くそ真面目なんすよ。デカイ図体のくせに変にヘタレだし」
「うふふ。苛め甲斐があるでしょ?少し迫ると顔を真っ赤にするんだよ、あの子は。とっても可愛いんだから」
明らかに年上をあの子呼ばわりするとは。アーダルヴェルトはサキトの言葉の中に隠れた小悪魔っぽさに少し怖いと思ってしまった。ヒタカはそんなサキトに感化され過ぎてアルザスに泣きついていたのだろう。
自分はMかもしれない、と。
何を言うのかと呆れていたが、稀に理解し難い発言を仕掛けるサキトは、言葉をそのまま捉えるヒタカにはきつい気がする。
「あまりからかうのはやめといた方がいいっすよ、サキト様」
「どうして?」
ようやく公園の中心部である噴水広場に辿り着いた。汲み上げられた水が一気に噴出し、周囲に居る人々か歓声を上げている。
「真面目過ぎるんすよ、あいつは。そのまま言葉を飲み込んじゃいます」
サキトはアーダルヴェルトの言葉に、「ふふ」と意味深に口角を上げ微笑む。
「クロスレイは僕の大切な忠犬だよ」
「犬扱いっすか…」
「そう。だから、クロスレイは僕の傍に居てくれなきゃ困るの」
サキトの発言の意図がさっぱり分からず、アーダルヴェルトは「そっすか」と軽く答えていた。
「ジュース美味しいね、アーダルヴェルト」
アーダルヴェルトはサキトにスティックポテトの箱を手渡した。ベンチを探すと、休憩するべくそちらへサキトを案内する。たまに噴水からの水滴が風に乗ってくるのが心地いい。




