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盟約の証

 ペーパーナイフを貰った日から数日後。

 穏やかで落ち着いた状態が続いている中、詰所でデスクワーク中のヒタカの頭の中でサキトの声が響く。

『クロスレイ!!』

「はっ、はい!!」

 突然湧きだしてくる声に、彼は椅子からがたんと立ち上がる。しかし、周囲に居る同僚らは怪訝そうに彼を見上げている。指輪の効果で、自分にしか聞こえない為にいきなり叫びだす変な奴だという目線を浴びてしまう。

 どうしたの、と不思議そうな顔を向けてくるイルマリネに「すみません!」とヒタカは謝ると椅子にまた座ると、頭の中でサキトに話しかけた。

『(どうなさいましたか、サキト様?)』

『ちょっとお部屋に来て!今どこに居るの?遠い場所に居たら引っ張ってあげる』

 引っ張る、というのは指輪に備えられている転送の事だ。サキトが望めば、魔力によってすぐに目の前に移動させられる。数日前に街に買い出しの際に突然転送され、サキトの部屋に戻された事があったが、彼の用事が終わった所でまた買い出しの続きをしに街に行く羽目になった。それがあってから、サキトは予め何処に居るのかとヒタカに声をかけるようにしている。

『(詰所に居ます、サキト様)』

『そう。それならすぐに来て』

 どういう用件だろう。ヒタカは再び椅子から立ち上がり、イルマリネに「すみません」と声をかける。

「?」

「サキト様がお呼びですので、行ってきます」

「別に構わないけど…何故分かるんだい?」

 指輪の存在をまだ知らないイルマリネは、ヒタカの発言にきょとんとしながら問う。

 新聞を広げていたアルザスは、自分の椅子に寄りかかり机に足を乗せてあくびをしていた。やはり仕事をしていない。

「お前まさかサボりたくて言ってんじゃねーだろな」

「違いますよ!サキト様にこの指輪を嵌められたんです!」

「へ…!?く、クロスレイ。それって盟約の証かい?」

 ヒタカのごつい指に嵌められた指輪に注目するイルマリネ。頭脳明晰な剣士である彼は、魔法関連にも精通していてそれに関する道具にも詳しかった。

 ヒタカは「はい…」とイルマリネに指輪を見せる。

「あーあ…こりゃ、君があの方の忠犬になったようなものだよ」

「嫌な言い方をしないで下さいよぉ…」

「随分気に入られたみたいだねえ、クロスレイ」

 新聞を読んでいるアルザスに、アーダルヴェルトは「その新聞、エロ記事ありますか?」と呑気に聞いていた。

「…はあ、俺、使いっ走りにはちょうどいいんでしょうか…」

 サキトの傍に居るのは嫌ではないのだが、たまに振り回されてしまうのがしんどくなる。

「お前パシリには最適だからな」

 一番のベテランにまでそう言われる。断言したアルザスに、イルマリネは冷たい目線を浴びせながら「誰が新聞読んでいいと言ったんだい」と言った。

 ひえっ…と彼は怯え、すぐに新聞をアーダルヴェルトに押し付けるとデスクワークを始めた。アーダルヴェルトはぐしゃぐしゃになった新聞を急いで畳み、同じくデスクワークを始める。

「仕方ないね、クロスレイ。行っといで」

「は、はい!」

 許可を貰い、ヒタカは詰所を飛び出していく。遠ざかる足音を聞きながら、アーダルヴェルトはイルマリネに「うんたらの指輪って?」と改めて聞いた。まだ若い彼は、先輩だろうが何だろうが怖じ気付く事なく普通に会話をしてくる。

 書類を手にしながら、イルマリネは「この王家御用達の道具だよ」と返す。

「偉い人が信用できる人間に与える指輪。与えた側が、指輪の持ち主に指輪を介して会話が出来るらしいよ。それが近距離に居ようが、遠距離に居ようが、常に内密に話せる代物さ」

「ほえぇ…」

「って事は、超がんじがらめじゃねえか、あいつ。うへぇ、きっついなあ」

 デスクワークをしているふりをしながら、アルザスは嫌悪感を顔に出していた。イルマリネは「専属だからね」と冷静だ。

「ま、サキト様本人はあのアストレーゼンに居る子を付けたかったんだろうけどね。名前…何だったかな?」

「あー、あれか。スティレンとかいうガキだろ?あの糞生意気な奴。サキト様にこき使われてキレそうだったっけな。貴族出身でかなりプライド高いんだろ?」

「そうそう。エルシェンダ家のご子息。シャンクレイスの街でごろつきとつるんでたらしいけど、よく立ち直ったもんだよね」

 まあ、それはそうと…と呟き、イルマリネは仕事をするふりをしていたアルザスに「真面目にやってよね」と告げる。

「やってるよ…」

「そろそろ、遠征からレオニエルが帰ってくるし、山のような書類見たらまた発狂しちゃうからね。彼は文字列を見ると気絶しかねない」

 ああ…とげんなりしながらアルザスは書類整理を始めた。アーダルヴェルトはおもむろに立ち上がると、「便所!」と発言する。

「下品な…早めに戻ってきて」

「はいはーい」

 サボりそうな気がする。

 イルマリネは彼らにこそ、例の指輪が必要なのではないかと溜息をついた。

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