シェノメルン国立魔石採掘場9
少しでも彼の気持ちを和ませる為に、美味しそうな甘いお菓子を買って帰ろうと思った。口にするものはきっと高級品が多いかもしれないが、たまには皆が好んで食べるものもいいだろう。
何を買うべきかと頭の中で色々考える。しかし、どうにも思い付かない。そういえば、サキトの好みをまだ聞いたことがない。与えられた物を少し食べる程度の彼が、喜んで美味しそうに口にするのを見た事がなかった。
見た感じではどれも美味しそうな、一般人には贅沢だと感じる料理ばかりなのだが、彼は何の感動もなく食べるだけ。ヒタカからすれば羨ましさを感じるのだが、サキトはいつものメニューにしか見えないようだ。
魔法石を持ったまま、ヒタカは城の正面出入口へ向かう。城は立てられてから何百年と経過しているはずだが、僅かな綻びはあるものの、頑丈で状態の良いままその出で立ちを保っていた。
城内は警備中の剣士があちこちに配置されている。灰色の制服を着用し、異変が起こらぬように常に目を光らせていた。少し前は自分も同じ警備していたのだと思うと、何だか変な気分だ。
「よう、ヒタカ!久しぶりだな!」
自分を呼ぶ声に、ヒタカは不意に足を止める。そして、昔から知る一般剣士姿の同僚の姿に、「わあ!」と嬉しそうに笑顔を見せる。
「サルディーニ!久しぶりだなぁ、元気そうだね!」
「何だよ何だよ、意外に似合うじゃねえか!!」
懐かしさに、お互いじゃれあうように絡む。サルディーニはヒタカの背中をバチバチと叩きながら「様になってんな!」と笑った。お互いの再会を喜びあった後、元同僚のサルディーニはヒタカに問う。
「どうよ、城の中の任務は?」
「ぼちぼちかなぁ…一番下っ端だから、色々大変だよ」
苦笑しながら答えるヒタカに、サルディーニはだろうな、と同情する。護衛剣士には憧れるが、精鋭揃いの先輩らにどやされるとなれば話は変わってくる。護衛剣士の噂は色々と聞くのだから。
エリート揃いの彼らは、性格も喧嘩っ早くきついとか、下っ端はこき使われるだとか、マイナスの面が先走りしている。そんな集団の中に物腰が低いヒタカが入ったので、剣士仲間は心配していたのだ。
「ま、お前なら大丈夫そうだよな。昔から周りに流されない感じがするし」
「ううん、どうだろうなあ…俺、ぼんやりしてるから」
「間違ってる事に対してならはっきり言うだろ?その時だけは、お前相当意地を張るじゃんか」
そうかな、と鼻を掻きながらヒタカは笑う。あまり自覚がないらしい。サルディーニは彼の大きな背中を軽く叩き、「珍しい性格だよ」と続けた。
「大抵は上には煙に巻かれる奴が多いんだよ。大人になりゃ、面倒からなるべく避けたくなるからな。俺もそうだし、なるべくなら、穏便に済ませたいだろ?ただ、お前は上に対してもおかしいと思ったらはっきり違うと言ってた。わざわざ厄介事を背負う変な奴が来たって思ったもんさ」
「………」
よく見てるな、と思った。
「あはは、反抗期だったかもしれないよ」
「馬鹿言え、お前みたいな控え目な奴が反抗期だって?反抗期の年でも無いだろうよ」
サルディーニはヒタカが手にする包みに目をやった。大事そうにしているから、何か用があったのだろう。
「何だそれ?どっか行くのか?」
友人の再会に喜んでいたヒタカは、はっと我に返った。そして「ああっ」と自分が今何をやらなければならなかったのかを思い出す。
「そうだ、お使いがあったんだ!行かなくちゃ」
「お使い?」
「うん。ちょっと街中の雑貨屋にね」
買い物までやらされるのか?とからかうサルディーニ。せっかくシャンクレイスの王家の護衛剣士になったのに、小さな雑用までやらされるとは。
まさか本人も護衛剣士になれるとは思わなかったはずだ。
「大変だな。休暇あったらまた飲みに行こうぜ」
「ありがとう、サルディーニ。また一緒に飲みに行こうよ」
一般剣士時代、仲間達と良く飲みに行ったものだ。ほんの少しだけ前の話だったのに、何故か遠い過去のようにも感じる。仲間達との隔たりを感じたくないのに。
離れた場所に居ることで、親しんだ彼らとの距離が遠くなる気がして、寂しさを感じた。
「皆と一緒に城下の酒場に行きたいなあ」
「行こうぜ。お前、まず休暇取れよな!」
ヒタカはこくんと頷く。彼の性格上、自分から仲間に入るようなタイプではない。誰かが引っ張ってやらなければ進まないのだ。
サルディーニはそんな彼を良く知っていた。ヒタカは全然剣士に向いてない。性根が優しすぎて、物騒な武器を振り回すのが想像できない。




