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シェノメルン国立魔石採掘場8

 鼻息荒く棒を手にしているメイドは、ヒタカの叫び声に我に返った。そして、自分がとんでもない事をしてしまった事実に顔面を青白くさせる。

 同時に扉の奥から飛んでくる怒声。

「レイチェ!!なっ…何て事しくさるんだ、こんの馬鹿たれ!!麺棒でいきなり頭叩く奴がおるか!!よりによってフランドル様に!!言い訳せんで早く謝れ!!」

「だっ、だども親方!!いぎなり扉叩くがら盗人かと思ったんだ!!まさかこごを開けようとしてくるどが、誰も思わね!!」

 どこの言葉なのだろうか。フランドルは殴られた頭を押さえ、ようやく痛みが落ち着いたのかよろめきながら立ち上がった。すると、女は麺棒を手にしたまま床に突っ伏し土下座する。

 やけに長い麺棒だとヒタカは思った。普通よりも三倍位長い。どれだけの長い麺を捏ねる気なのだろう。

「フランドル様、すみませんでした!ま、まさがこちらから出入りするとは思わねくて!!」

「い、いや…この扉、滅多に開かないのかな?ドアノブ無いし…」

「んだっす!だがらいぎなりガンガン叩かれて、つい盗人かと勘違いしてしまって」

 話す言葉は訛りの激しさがあるが、良く見れば丸い縁付きのフレームがついた眼鏡の似合う、可愛らしい少女だった。前髪ぱっつんの、長い髪をツインテールにした、いかにもメイドですという出で立ち。

「本当にすみませんでしたぁあ…」

「打撃には慣れてるから、大丈夫だけど…びっくりした…」

「しかも、ぶっ殺してやるどがえれぇ失礼な事を言ってしまった…あのう、おら処刑されちまいますかね?」

 おろおろしながら物騒な事を問う。フランドルは頭を擦りながら、「そんな事はしないよ」と返した。

 第一印象は悪くないのに、自分の事をおらと言うのが勿体無い気がする。ヒタカはふらついているフランドルを支え、メイドに中に入ってもいいですか?と問う。

「へ、へえ!どうぞどうぞ!!」

 彼女は慌てながら中へ勧めてきた。

 やはり、この先はちょうど厨房だった。コック姿の料理人が、仕込みなどをしている様子が垣間見える。同時に漂う、空腹を誘ってくる匂い。

 大きな鍋や釜が湯気を立てていて、肉が焼かれる音がする。あぁ、とヒタカは呻く。…空腹で腹が鳴った。食欲旺盛な彼は、この厨房の匂いは凶器だ。

「本当に申し訳ありません、フランドル様」

 彼女を注意したのは料理長なのだろうか、ひたすら頭を下げていた。メイドの彼女も怯えながら謝っている。

「あの、フランドル様!もし後でおかしいと思ったらすぐに申し出て下さい!頭を激しく打ってますから!!」

「あぁ、大丈夫大丈夫!多分…通してくれてありがと!」

 厨房を小走りで通過し、城の内部へと繋がる扉に手をかけた。

 さすがに、ここにあまり長居はしてはいけない。立ち去る際、料理長は「今日のご飯はいい牛肉が入ったのでビーフシチューです、フランドル様!」と知らせた。フランドルは楽しみにしてるよ、と頭を押さえ笑顔で手を振り厨房から出る。

 ヒタカは最後に厨房に向けて礼をし、扉を静かに閉めた。

 …その先は城内の廊下だ。最短で戻れるなんて、とヒタカは感心する横で、「…うがががあぁあ…」とフランドルが頭を抱えて悶絶していた。

 やはり彼らに心配をかけさせまいと、無理をしていたのだろう。慌ててヒタカはフランドルに駆け寄った。

「だ、大丈夫ですか!?フランドル様!やっぱり相当きつかったんじゃ」

「あの麺棒何!?長すぎやしないか!?」

「特注品でしょうか…」

「コブが出来ちまってるわ…ありゃかなり強いな、血が出ないだけまだマシだけど…あぁ、いたた…」

 メイドが持っていたやたらと長い麺棒を思い出す。あの長さは、どこの店にも売ってなさそうだ。

「はあ…まあ、いいか。近道出来たしな」

「へ…」

 なかなか前向きな性格である。

 彼は手に持っていた紙袋をヒタカに渡す。それを受け取り、彼は「宜しければ俺、雑貨屋に渡してきますよ」とフランドルに申し出た。

「一応、お医者様に診て貰った方が」

「一応…か…」

 紙袋からシラに渡す分の魔法石を取って、残りの宝石を紙袋に入れたままフランドルに返し「サキト様にこちらを」と告げる。

「分かった。悪いな、クロスレイ。この端数はサキトに渡してやろう」

「蝶の羽根を青色にして下さいとお願いしてきます」

 では、と一礼すると、ヒタカは急ぎ足で再び外への道を進んだ。早めに用件を済ませ、サキトが望む青い羽根がついた蝶のペーパーナイフを貰いに行かなければ。

 帰りが遅いと、彼のご機嫌を損ねてしまう。ピンク色の頬を膨らませながら、「僕の言ってた事忘れてない?」と怒るに違いない。

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