シェノメルン国立魔石採掘場6
直接顔を合わせた時に感じたのが、やはり剣士となるべくして生まれたような身体つき。大きい、というのが真っ先に頭を過った。初めて会う為に緊張し、先輩剣士らに促されて慌てて頭を下げていた初々しい表情に、自分より大人なのに子供のようだと思ってしまった。
お忍びで隣国アストレーゼンへ向かった時も、周囲の環境に圧倒されながらついてきてくれたのだ。控え目な性格だと思っていたが、理不尽な要求をする先輩剣士に反論する強気な部分もある。どうやらただのボンクラではなかったようだ。
自分の世話から脱走しようとしたシャンクレイス出身のアストレーゼン宮廷剣士、スティレンを強引に担ぎ上げて連れ戻す位の勢いもあり、自分の命令には忠実。暴漢から身を呈して守る盾役も適任だ。
ただ、純過ぎる性質なのか、軽くからかうとすぐに本気に受け止める癖がある。それはそれで面白い。
生来の自分の女顔を利用し、子供をあやすように彼を可愛がる仕草をするとたちまち顔を真っ赤に紅潮させて全身を固くする。まさかあの年で何の経験も無いわけないだろう。なのに何も知らないみたいな顔で慌てて拒否しようとする。
もちろん自分は本気ではない。戯れの一つだ。
その戯れを、ヒタカは本気にする。大人をからかうものではないと理解しているが、反応が楽しくてつい悪さをしてしまう。
キスする素振りを見せれば顔を必死で背けるし、迫ってみれば冗談はやめて下さい!と泣きそうになる。これがまた可愛くて堪らない。
彼は退屈せずに済む、自分の玩具。
強さもあるから、盾役には最適。ただ、それだけだ。
「…はあ、早く帰ってきてくれないかな」
サキトは自分のベッドに背中から倒れ込み、ぼんやりしながら呟く。まだ傍に付けてから然程時間が経過していないが、彼の中でヒタカの存在は無くてはならないものになっていた。
一瞬だけ全身に寒気が過り、ヒタカはううっと呻く。
魔法石の採掘現場を見ていたフランドルは、「どした?」とヒタカに声をかけた。
「何故か一瞬ぞわっとしたんです。変だなあ、特に寒くもないのに…」
「誰か噂してるんだろ」
「えぇ…誰かに何か悪いことしたかなぁ、してたらやだなぁ」
石を打つ音が響く中、作業員の一人がヘルメットを外して大きな石を手にフランドルとヒタカの前に駆け寄ってきた。いい原石探してきますから!と意気揚々とし、多々ある石の中から状態のいいものを発掘したようだ。
石は大人の片手に入る位の大きさをしていた。茶色い土に塗れたその石を見せ、「こいつは研磨すれば最高級の魔法石になりますよ」と満面の笑みを見せる。
へえ、とフランドルは作業員の手に収まる石を覗き込み、「こいつを磨いていくのか」と感心する。
「でも、魔法石って何か魔法でも突っ込む訳?」
ヒタカ同様、フランドルも魔法界隈は弱かった。この石が普通の石にしか見えてこないようだ。普通の宝石と、魔法石とはどう違うのかも分からない。
作業員はにこやかに「元は似たようなもんですよ」と笑う。
「宝石になるものは細かく砕きますんで、その分魔力が入りにくくなります。まあ、装飾用にしかなりませんし、主に一般の女性用なので主に細かい石はアクセサリー向けですね。逆に術者さん用の魔法石だと、魔力に耐えられて尚且つ丈夫な石を使いますから、その分大きさも変わります。あとは魔力が浸透するかどうか、ですね。魔法の注入は、持ち主の術者さんに任せています。なのでここから魔法石を出荷する時は、空っぽのままで出すので普通の宝石と何ら変わりませんよ」
「へぇ…凄いなぁ。元から魔法が入ってる訳じゃないんですね」
作業員の説明を聞き、ヒタカは奥深いなあと頷いた。てっきり魔力が既に込められているものだと思っていたのだ。
「あまり強すぎる魔力だと壊れる場合があります。ここいらで取れる石は、耐久性に優れているものの、魔法力の強い術者さんだと注入する加減も見ながらやらなければなりません。えっと…隣の国の宮廷魔導師様とか、魔法力に特化したクラスの方ですと特に注意が必要です。あそこのオーギュスティン様や、司聖ロシュ様が使う杖は、うちで取れた魔法石が付いていますよ」
それだけ、シャンクレイスの魔法石は優秀のようだ。
作業員は「ちょっと磨いてきますから、事務所でお待ち下さい」と二人に頭を下げると、急ぎ足で別方向へ去っていった。フランドルは作業中の男達を見ながら頑張るなぁと呟く。
「あれくらいなら、シラも喜ぶだろうな」
雑貨屋の女店主の顔を思い出し、ヒタカも頷いた。むしろ大きすぎる位かもしれない。
二人は再び、採掘場入口にある事務所を目指して歩き始めた。




