焦がれる者、憂う者3
騙されやすい純粋なヒタカの手に視線を向けるアルザスは、彼の指にいつもの指輪が無いのを不審がった。そして「なあ」と話を切り出す。
「はい?」
「ついに喧嘩でもしたのかよ」
「へっ?」
「お前の大切なサキト様から賜った指輪、左手に嵌めてたろ。あのガキの我儘に耐えきれなくて返却したのか?」
ようやく意味が分かったヒタカは、いやいやと否定した。
「取り上げられちゃって。僕の事は気にしなくていいから休暇を楽しんでこいって。実家には行ったから、後でまた指輪を借りに行かなきゃならないんです」
「あの王子様が?はぁ、お優しい事で。随分気に入られてんじゃねえか」
「へへ…」
皮肉を褒め言葉だと思ったのか、ヒタカは照れ臭そうに表情を緩めてしまう。その無防備な笑顔が正直酷く癪に障るのだが、アルザスは大人として我慢した。
どこまでこの男は呑気なのだろう。結局傲慢な王族に使われているだけではないかと。それに全く気付かないのは、却って幸せなのかもしれない。
「好んで首輪を貰いに行くのかよ。ま、お前にはお似合いだろうけどよ。あまりあいつに調子付かせるなよ」
「大丈夫ですよ。無茶な事はしませんし…それに俺、サキト様のお傍に居る事に生き甲斐を感じる時があるんです」
やけに頬が赤く見えるのは気のせいだろう。表情もデレデレしただらしない顔に見えるのも、多分気のせい。
これ以上聞いたら蕁麻疹が出てくるかもしれない。
「最初の時とは全然変わっちまったな。護衛変わってくれって泣きながら訴えてたくせによ。じゃあ酒、頼んだからな」
「は、はい!行ってきます」
先輩の言う事は絶対だ。例え出費が嵩んだとしても、文句は言えない。ヒタカはアルザスに頭を下げた後、早足で城外へ出た。
門前には大型馬車が待機している。お偉いさんが来客として来ているのだろうか。それとも城内の人間がこれから利用するのだろうか。どっちにしろ、自分とは関係無い。
紫檀色の彫物入りの馬車は、よく磨かれ手入れされているらしく、やたら日の光に反射し眩しく目に映る。待機中の御者は、そのままでも十分に綺麗だというにも関わらず甲斐甲斐しく清掃をしていた。
ヒタカが目立たぬよう静かにその場を横切ろうとすると、やけに聞き慣れた声が飛んできた。
「今日はちゃんと落ち着いた馬を用意してくれたわよね?途中で機嫌悪くなって暴れられても困るから」
「はい、アンネリート様。今回はしっかり厳選した馬をご用意させて頂きましたので、どうかご安心を」
その声の主の名前を耳にした瞬間、ヒタカはびくりと反応した。
出来れば会いたくない相手に気付かれまいと、そそくさとその場から立ち去ろうと動く。己の欲望に負け、サキトに抱きついてしまったのを見られて以来、アンネリートは自分を完全に汚れた物のような目で睨んでくるのだ。自業自得て言われればそれまでだが、やはり異性からあからさまに変質者として扱われてしまうのは萎える。
…確かにサキトについ抱きついたのはいきすぎたとは思う。
あの美少女の風貌の彼から、いつもの悪戯でも口付けされてしまえば誰だってぐらついてしまうではないか。
彼女に散々罵られれながら、ヒタカは心の中で言い訳をしていた。
「気分屋じゃなければいいけど。お買い物も沢山したいから、大人しい子がいいのよね」
「良く言うわ、姉様だって気分屋のくせに」
アンネリートと同行している白と黒が入り交じったドレス姿の少女は、彼女の親族なのだろうか。見慣れぬ顔だったが、微かにアンネリートに似ていた。
地面に付きそうな丈の長いアンネリートのドレスとは対照的に、少女の服は動きやすそうな膝下までのワンピース姿。
「何か言ったかしら?」
「別に!」
「あなたは無駄に一言多いから気を付けなさい、リルディア」
「姉様こそ、いつまでもギリギリギリギリ嫌味ったらしいのを止めたらいいわ。そんなんだからいつまで経っても男が寄り付かないのよ」
…どうやらアンネリートの妹のようだ。なかなかはっきり物を言う性格らしく、怖がりもせず減らず口を叩いている。
「んまあ!はしたない言葉は学校生活のせいかしら?もう少し慎みを覚えなさいな。下品過ぎて恥ずかしいったらないわ」
「慎み過ぎて行き遅れしないようにしなきゃ。姉様、箱入り娘なんて今時流行らないわよ。もっと外に目を向けなきゃ。あたしはね、いつも外側にアンテナ張らせてるの。いつかカッコいいイケメンを捕まえる為にね。お金持ちで背が高くて、優しい男を見つけるのよ」
性格が全然違うようだ。生真面目なアンネリートとは違い、彼女はえらく奔放な娘らしい。そんな彼女に頭を痛めているようで、アンネリートは顔を引き攣らせつつ冷静に「何と下品な」と呟く。軽く苛立つ彼女を、少女は全く気にしない様子だ。
憎まれ口をお互い言い合いながらも、二人は仲は良さそうに見えた。




