焦がれる者、憂う者2
慣れた手付きでお茶の準備をこなすサキトを見下ろし、ベルキューズは『ははぁん』と感心した。頭上で浮かび上がる魔書に、サキトは眉を潜めて「なあに?」と問う。
『いや、お前、お坊っちゃん育ちってやつだから下僕が居なきゃなーんにも出来ないのかと思った』
「失礼だねぇ」
これくらい出来るよ、と機嫌を損ねる。しかしベルキューズは意に介さないようで、『最低限の事は出来なきゃな』と続けた。
「紅茶の淹れ方だって、僕がクロスレイに教えたんだから。最初は大変だったんだよ、ガサツで。加減を知らないからカップもヒビ入れちゃうしさ。優しく扱う事を知らないもんだから参ったよ」
『そりゃあれだけ身体もでけーからな。手加減しろっつっても難しいんじゃねぇの?』
「大人だからおっきいのは当たり前でしょ」
湯が沸騰しだす。サキトの身長に合わせて造られた戸棚には、数々の紅茶の缶が所狭しと並べられている。多方面から献上された品物が多過ぎて、部屋には個人的に選別した物だけを寄せていた。
茶葉を選んで手際よく準備を進めていく。
『いい匂いだ』
「ふふ、分かる?嗅覚はあるんだね」
『飯は食えねーけどな』
「何だか勿体無いね」
『飯食いたくっても、俺は本だからな』
実体があったら一緒にお茶会出来るのになぁ、とサキトはぼやいた。まさかサキトにそのような言葉を貰えるとは思わなかったベルキューズは、照れ臭くなったのか室内をぐるぐる回り始める。
よいしょ、と紅茶の入ったポットとカップ、小皿にクッキーを乗せたトレーを手にしてテーブルに着いた。甘い香りが部屋中に立ち込めていく。
「いただきまーす」
『これから何か予定あるのか?』
「ん?特にもう用事らしい用事は無いけど。工事計画の報告の書類も届いたし、僕のする事は無いねぇ」
クッキーにぱくつきながらサキトは答えた。
『んあぁ?報告?』
「この城の隣にある採石場への道の補修工事。約束したからね、ちゃんと綺麗にして、奥地にある魔法の草をちゃんと保存しなきゃ。僕は約束事はちゃんと守るよ、相手が精霊でもね」
意外に律儀な性格をしている。ベルキューズは『ほーん』と興味無さそうに浮遊していた。
『下僕でも来ねーかなぁ』
「駄目だよ、クロスレイをちゃんと休ませておかなきゃ。指輪だって取り上げたもの」
ヒタカが持っていた盟約の証。渋る彼の指から無理に引き抜いた。持っていたらつい頼りそうになるのを恐れ、あらかじめ取ったのだ。
ベルキューズは紅茶を上品に啜るサキトの耳元へ近付くと、からかう口調で問う。
『んな事言っちゃって本当は寂しいんだろー?』
「別に寂しくないよ。隣でひたすら喋ってる相手が居るからね」
『ほぇー。ま、いいけどよ』
褒め言葉なのかどうなのかは分からないが、やけに照れ臭い。サキトは自分を一個人として見てくれているような気がしたのだ。
ベルキューズは再び浮上すると、部屋を再び旋回し始めた。
故郷から戻り、休息を十分に取ったヒタカ。
余った時間で自分の部屋の片付けをしようと思ったが、しばらくしていなかったせいで掃除用具が足りなかった。乱雑になった室内を見回し、ううんと唸る。
街に出て買い物からしないと…と頭を掻いた。
さすがに場内の掃除用具を借りる訳にはいかない。片付ける為の収納も欲しい。自由に動けるならば、早めに片付けをしてしまおう。
シンプルな私服姿のままで部屋から出る。サキトとは違い、あまり衣服には関心がないヒタカは、派手な衣装は持っていない。下手をすると、城内に忍び込んだ一般民と間違えられてしまう為に、身分証は持参していた。
頭の中で購入するものを考えながら、城内の階段を降りる。
床拭き用の雑巾と、掃除用のコロコロテープと…と完全に自分の世界に入っていた。
階下に降り、城の出口に差し掛かる。
「お?何だ、クロスレイ。どこに行く気だよ」
「アルザス先輩」
不意に背後から聞こえた先輩、アルザスの声。
「今のうちに部屋の掃除をしようと思って。何だかんだで、しばらく掃除していなかったものですから」
頭を下げた後、丁寧に答える。イルマリネに書物を持って来いと言われていたのか、アルザスの手元には数冊の蔵書があった。確実に本人は読まないであろう、難しそうな書物だ。彼はよく図書館へのお使いをイルマリネから頼まれていたので、今回も同じなのだろう。
アルザスは目を細め、へえ…と呟く。
「ちょうどいいわ、買い物頼むわ」
「構いませんけど…何を買えばいいんですか?」
「熟女系のエロ本」
「いっ、嫌ですよ!!」
真面目な顔して言わないで欲しい。慌て拒否するヒタカの反応を見て、アルザスは「冗談だよ」と馬鹿にしたように言った。
「酒でいいや。旨ぇやつ。お前の奢りでな」
「はあ…それならいいですけど」
本気で買ってこいと言ったのかと思った。内心ヒタカはほっとする。さすがに、マニアックな物は買いたくない。




