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魔導師オーギュスティン33

 ひっ…とお馴染みの情けない声を上げてしまう。反射的に手を引き抜こうとするも、しっかりと捕らえられて動けなかった。大きくごつい手をきつく掴む小さな手。

 サキトは大人びた、妖しい目線をその不届き者の手に向けながら、「ふうん…」と呟く。

「さっ、サキト、さまっ!すみませんっ、これは!!」

「僕を寝かしつける為に撫でてたの?」

 撫で回していたのが完全にバレていた。ヒタカは立ち上がり離れようと慌てる。顔を真っ赤にして泣きそうな従者を、サキトはまるで蔑むように見上げていた。その視線が余計に心に刺さる。

「ちが、違いま…そのっ、あのっ」

「あれだけ撫で回されたら目が覚めちゃうよ。クロスレイったら真面目な癖にいやらしい子だね」

「いっ、いえ!俺はそのようなっ!!」

 呆れた様子に、ヒタカは首を必死に振って否定する。サキトに嫌われたくなくて、気が動転していた。とにかく邪な気持ちなど無いと説明しないと、彼の機嫌を損ねてしまう。

 しかし頭の中とは裏腹に、動転し過ぎて言葉が出てこない。ううっと呻いていると、「仕方無いね」とサキトの声がした。へ?と間抜けな声を出したヒタカを、彼は強引に自分の前へ引き寄せる。

「うわわっ!!わあ!?」

 へっぴり腰で離れようとしていたヒタカは、ぐいっと前のめりになりサキトのベッドへ引っ張られてしまった。また誘惑されてしまう!と起き上がろうとするものの、「身体冷たいよ?」と羽毛布団を被せてくる。

 真っ白の寝巻の下の、火照ったピンク色の肌がヒタカの目にちらつき、ぷるぷると首を振り平静を保とうとした。

「サキト様、俺は平気ですからっ」

 悪戯っぽく笑いながらサキトはヒタカを引っ張り、魅惑的な顔で「暖かいよ、ほら」と促す。

 柔らかなベッドが軋む。サキトが自分の背中に両手を伸ばして引き寄せようとしてくるのをどうにか阻止しながら、震え声で「駄目です」と訴えた。

 これでもし、誰かがやってきたら誤解を生んでしまう。

「どうして?」

 きょとんとするサキトは、本気で理解出来ないのだろうか。聡明な彼の場合、わざと思わせ振りな様子を見せている気がする。こちらをからかっているのかもしれない。知っていて、演技をしているならば凄まじい役者根性だ。

 無邪気なふりをして天使のような笑みを向ける。それもまた、演技の一つなのだろうか。それに乗っかれば、取り返しのつかない事になるというのに。

「どうしてって…」

「一緒に寝てたりしてたじゃない。何を今更怖がるの?…うふふ、僕が怖い?食べたりなんかしないよ、クロスレイ」

 自分の下には小さなサキトが無防備な姿で寝転がっている。それが、今のヒタカにはきつかった。全身が緊張で固まり、心臓が激しく鼓動する。喉はがらがらに乾いていて、鼻息も荒くなりそうなのを必死に押さえている状態。

 自分がおかしいのは重々承知だ。

「ほら、ちゃんと中に入らなきゃ」

 半端にベッドの中に入るヒタカを追い詰めるように急かしてくる。ぐぐっと身体を離そうとする彼に、「冷たい空気が入ってきちゃう」と訴えた。

「お、俺っ、出ますからっ」

「クロスレイ」

 ふんわりとサキトの髪が舞う。彼はヒタカの間近で、彼の唇に指を当てるとゆっくり形をなぞった。そしてぺろりと赤い舌をちらつかせると、色っぽい吐息を交えながら囁く。

「大人のキス、教えてくれてないよ」

「!!!」

 完全にのぼせてきた。ヒタカは凝固し、顔を真っ赤にしたまま停止する。彼をきつく抱き締めたくなる両腕がかくかくと震え、呼吸が不規則になっていた。

 この方は、やっぱり小悪魔だ…!

 頭の中が、色んな欲求に支配されそうなその時、鼻の奥からつうと落下する感覚を覚えた。反射的に手で鼻を覆い、サキトの腕を振り切り上体を起こす。

「あっ!…なあに、クロスレイ?どうしたの…って、ちょっと、何!?いきなりっ」

「は…ふあっ!?す、すみませんっ!!」

 ベッドから鼻を押さえて降りる。鼻から出てきた血を手で止めながら、ヒタカはテーブルに置かれた紙を慌てて取った。手当てをする彼を見て、サキトは呆気に取られた顔をする。

「…大丈夫?」

「は、はい…すぐ止まりますからっ」

 ここまで反応を見せてくるとは、無闇にからかいにくくなるではないか。処置をしているヒタカが、自分より十も年上のくせに子供のように見えてしまう。

 ベッドの上で座るサキトは、「クロスレイ」と彼を呼ぶ。ひたすら鼻を紙で押さえるヒタカ。

「へ…」

「鼻、弱いの?」

「そんな事はありませんが…」

 鼻が弱いとかの問題ではなかった。心情の問題なのだ。むしろ、サキトのせいだった。彼が変に誘惑みたいな真似をしなければいいのだ。自分の耐性が無いせいで、簡単に惑わされてしまう。

 そんなこちら側の心の内を知ってか知らずか、無駄に愛くるしい容姿で心にも無い事を言ってのけるのだ。

 一般人ならば、大人をからかうものではないと説教したくなるが、相手はこの国の王子様だ。説教など、出過ぎた事をやれる立場ではなかった。

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