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魔導師オーギュスティン30

 落ち着きを取り戻した森の中を軽く散策していた異国の魔法使いは、まだ月明かりにぼんやりと輝く蛍霊草を発見し屈んだ。その珍しさ、美しさに、引き抜いてしまうのは確かに惜しいと感じる。

「あの妖精はもういらっしゃらないんでしょうか?」

 眼鏡を失ったオーギュは、切れ長の目がやけに強調されて更に冷たそうな印象を与えてくる。以前シラの雑貨屋で留守番をしていた豆のぬいぐるみが発言していた、『アストレーゼンの目付きの悪い魔法使いには気をつけて』の『目付きの悪い魔法使い』とは彼の事だろうか。

 サキトはヒタカに抱きかかえられながら、まだ居るよと返す。

「隠れても無駄だからね。さっさと出てきて。でなきゃあの草、引っこ抜くよ」

 完全に脅迫していた。その場を無視でやり過ごそうとしていたのか、先程の少女はばつが悪そうな顔をしながら草の影から姿を見せる。

 奥底に沈んでいた魔力を一気に引き出したせいか、疲れが一気に湧いたサキトはヒタカに身を預けたままで「最後まで面倒かけさせないでよ」と機嫌悪そうに苦情を入れた。

『…いきなり来といて、暴れまわって何言ってんのかしら。だから嫌いなのよ』

「暴れたのはそちらが先でしょう」

 魔法の草から視線を少女に向けるオーギュ。

『あんたらが引き抜こうとするからよ、野蛮人!!』

「私達はこの草の染料が欲しいのです。少しで構いませんし、分けて頂けるなら別に全て引っこ抜きたいとは思っていませんよ」

 離れた場所で待機していたファブロスは、『話が分からぬ奴だな』と呆れながら頭を振った。少女は半透明の彼の姿を見るなり、どこか安堵した顔を見せる。

『ファブロス様!』

『お前がそんな態度では、話が一方通行のままになる』

 でも、とまだ不満そうな少女に、更にファブロスは続けた。

『少しばかり協力してくれれば、全て引き抜く真似はしないと申しているのだ。それが何故分からん?』

『………』

 同胞相手ならきちんと話は聞くらしい。小さな精霊の立場の彼女では、ファブロスのような高位の精霊の言う事は絶対的なのだろう。幻影の姿でも彼の存在は頼もしく思えてくる。

 むくれる彼女を説得した後、ようやく蛍霊草の葉の一部を貰う許可を得る事が出来た。オーギュは礼を言い、専用のガラス管を用いて葉を一部切り取る。

「助かりました。これで理知の魔書の復元が出来ますよ」

 ガラス管の中に入っている蛍霊草の葉は、ぼんやりと幻想的な青い光が灯っていた。サキトは「へえ…」と疲れた目をオーギュの手中にあるガラス管を見る。

「切り取っても光ってるんだね」

『用がすんだらさっさと出ていきなさいよ。何よ、ファブロス様を味方に付けて生意気に。特にそこのクソガキ、覚えてなさいよ!』

 この期に及んでまだ文句を言う。鬱陶しいなあと呆れるサキトより先に、ファブロスの声が飛んできた。

『愚か者、まだ分からぬか。この者は精霊の神に当たるセラフィデルの加護を受けた者だ。あの膨大な魔力を感じて何にも理解せんとは未熟もいい所だな。少しは口を慎む事を覚えろ』

 眠そうにあくびをするサキト。少女はそんな彼を恐る恐る見た後、『嘘でしょ…』と愕然とした。そして知らなかったとはいえ、自分よりも大きな相手に突っ掛かってしまった現実に畏縮する。

『わ…悪かったわよ!』

「もう用件は済んだしいいよ。眠くなってきたから帰らなきゃ。仕方無いから、そのうちこの辺りを荒らされないように綺麗に整備したげる。その大事な草も抜かれないように立ち入り禁止区域にしたげるよ。それなら君も面倒な喧嘩を仕掛けないで済むでしょ」

 ふああ、と呑気に言いながら、分厚いヒタカの胸元に顔を埋めた。体力が限界のようだ。ヒタカは慌てて、一旦彼を下ろすと自らの上着を被せて再び抱き上げた。

 ありがと、と礼を告げる主に、ヒタカは照れる。

 オーギュは「至れり尽くせりですね」とサキトに微笑んだ。

「この辺の整備位なら事前調査の後ですぐ出来るはずさ。それまでキーキーしないで待ってられるか分からないけどね」

『キーキーって…猿みたいに言わないでくれない!?』

「猿みたいにうるさいから言ってるんじゃない。ま、少しなら待てるでしょ?とりあえず整備するには下調べもあるから、誰か来てもさっきみたいにヒステリー起こして木になったりしないでよね」

 この一帯を守る、というサキトの発言に僅かながら態度を軟化させていく少女は『…本当よね?』と問う。

「僕はシャンクレイスの王子だよ。嘘なんかついたらこの先の信用問題に関わっちゃう。それに、いずれは整備しなきゃいけない場所だったしね。気長に待っててよ」

 サキトと少女の会話を聞いていたオーギュは、やはり近くに彼を傍に置いてみたいと思った。他国の人間ながら、決断力が半端無い。こんな早急に対応出来る機転の早さの人間が居ればさぞ仕事もやり易いだろう。

 何があってものんびりと構える自国の司祭とは真逆なタイプだ。

 はあ…と溜息を漏らすオーギュの心情を察したファブロスは、『あの者にもいい所はある』とだけ言い聞かせる。頼りないなりにも、落ち着いて物事を判断出来るのはいい事なのだが、切羽詰まると現実逃避する癖があるのが難点だ。

「早くアストレーゼンにも戻らないと。私が居ないと、あの人はサボり癖がありますから…」

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