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魔導師オーギュスティン25

 その台詞にサキトはドキンとした。まるで自分の思っていた事を見透かすような言葉だった。

『必ずしも、あの護衛が居るとは限らんのだぞ』

「…分かってるよ。でも、どうしたらいいのか分からないんだ」

『あの護衛がここで力尽きたら、お前は違う人間を護衛として使うだろう。そしてその新しい相手も命を落としたらどうする?その時に魔物に襲われでもしたらそのまま野垂れ死にするつもりか?』

 よく手入れされた鬣を揺らし、ファブロスはサキトに突き入った言葉を投げつける。

「クロスレイが死ぬだなんて考えられない。あの子は強いよ」

『人間には限界がある。必ずしもあの人間が、お前の元に戻ってくるとは限らない』

 サキトは戦っている自分の従者を見た。動き回っているせいか、先程見た時よりも鈍くなっている気がする。攻撃を受けひるんだ様子を見て、彼はぴくりと身を乗り出し反応する。ファブロスは『少しでもあの者に傍に居て欲しいなら、自分でも動く事だ』と続けた。

『命がけでお前の為に戦ってくれるのだから、お前もたまにはそれに応える事も必要だろう』

 発破をかけられてる気がした。サキトは自分の指に着けていた盟約の証に視線を落とす。

 …クロスレイが居なくなるなんて、そんな事絶対に許さない。

 奥歯をぎりっと噛み、彼は前方を見据えた。

『ん…?』

 大木に目をやっていたファブロスが、隣に居たサキトに目を向ける。しかし、彼の姿が消えていた。彼の持っていた魔力の流れが、前方に向かっていくのを感じた。ふむ…と赤い宝石を思わせる瞳で、ファブロスは戦闘の行方を見守る事にした。


 風を斬る音が聞こえ、左腕を強く掠めると、制服の生地が破れ中が裂けていく。ヒタカはそれを無視し、付近を蠢く枝を切り裂いていった。なかなか中心部らしい場所が見つからず、半ば苛立ちが湧いていた。見つける隙も与えてこない。固い幹に覆われていて、削っても同じ状態で埒があかなかった。

 口内に滲む血を吐き出し、もう少し踏ん張ってみるかと思っていると突風が枝を吹き飛ばしていた。

「オーギュ殿!」

「むやみに中に入っちゃって、もう傷だらけじゃないですか」

 呆れた様子で攻撃魔法を放っている。そう言う本人も、危険な場所に飛び込んでいるのだからどうしようもない。ヒタカはいつもの遠慮がちな笑みを見せ、お互い様ですよと言った。

 ぱらぱらと舞う葉と枝を見過ごし、ヒタカはもう少し足掻いてみますと告げた。

「あなたもなかなか強気だ」

「そ、そうでしょうか?」

 新たに出現した枝が二人を薙ぎ払おうとするのを寸での所で回避する。地を強く掠り、砂煙が舞い上がった。オーギュは自身にバリアを張った後、魔法の詠唱を始める。無防備なのを踏んだ枝の一部が彼目掛けて再び魔手を伸ばし叩きつけると、バリアに阻まれてしまった。

 魔法で作られたバリアに振れた後、枝の先端が勢い良く炎を放つ。

「ただ張られただけのバリアじゃないんですよ」

 相手の反応を見たオーギュは強気な笑みを浮かべた。彼の足元に円陣が浮かび上がっていた。深いワインレッドの魔法陣はゆっくり回転を始め、詠唱する毎にその速度を増す。

 応戦するヒタカを見つつ、魔力を少しずつ魔法陣に込めていた。

 前方、培った剣技を駆使していたヒタカは、弱点を模索しながら木の幹を削り取っていく。結構な回数削ってきたが、なかなか明確な弱点が見えてこない。

 ギュルル、と太い枝が目の端に見えた。同時に腰に違和感を覚える。きつく締めあげられ、ヒタカは呻き声を上げた。

『人間のくせにすばしっこいったらないわ』

 ようやく彼女が口を開く。別の枝がヒタカの頬を叩き、『思い知るがいいわ』と声を荒らげた。

 余程こちら側に腹が立っていたのか。ヒタカは掴まれたまま上昇する。どうにかして離れて間合いを取らないと、ともがいた。

『どうするのかしら、こうなれば手も足も出ないわね』

「素直に染料を下されば、こんな面倒な事をしなくて住むのに…」

 力無くヒタカは言葉を返す。少女はフンと意地悪く笑った。

『それに見合った力があったら分けてあげるって言ったでしょ?』

 締め付ける力が更に強くなる。けほっ、と咳込むヒタカ。

「手が多すぎるんですよ・・・こっちは二本だけですよ?」

『手加減しろっての?ふふん、冗談言わないでよ。散々私達を伐採してきたくせにさ。無抵抗なのをいい事に好きなだけ取っていったでしょ』

 言い分も分からなくもなかった。そう言われれば、確かにそうであると。否応なしに切られ続けていれば、人間達に嫌気が差してしまうのは当然だ。

 ヒタカは宙ぶらりんのまま大木を見上げる。

「何か反応しなかったのですか?そのまま受け入れていた訳ではないでしょう」

『私達の姿が見えないのに、抵抗もくそもないでしょ』

「………」

 枝が空を舞い、ぴしゃりとヒタカの頬を叩いた。

『当然の権利のように好き勝手に荒らす人間なんかに、これ以上許容するつもりはないわよ!』

 その時、轟音と共に強烈な熱波が周辺に立ち込めるのを感じた。はっと背後を見ると、こちらに向けて大きな火球が近付いてくる。オーギュの炎属性の高位魔法だった。

 大木からくすくすと笑う声が聞こえる。

『馬鹿な魔法使いね、仲間が捕まっているのに!』

 ヒタカは浮いたままもがき、どうにか直撃を避けようとした。一方のオーギュは彼に気付き、まずいと焦る。詠唱に夢中で、彼の居場所の把握を怠ってしまったのだ。

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