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魔導師オーギュスティン23

 ファブロスは妖精の存在を知らないらしい。きょとんとする彼に対し、彼女は捲し立てるように話を続けた。編み込まれた金色の髪が、まるで何処かのお嬢様を思わせるようだが彼女は小さな精霊だ。しかし、年頃の少女といった風体だった。

『憧れの高位召喚獣ですもの』

 鼻を膨らませて得意気だが、当のファブロスはきょとんとしていた。サキトは首を傾げ、「この子、君の事知らないみたいだけど」と突っ込んだ。きつめの突っ込みに、彼女はぐっと詰まると、ふふんと鼻を鳴らしサキトからの視線を逸らす。

『い、いいのよ。こっちは普通の精霊なんだから』

「へえ、精霊とかでも一般人なんて居るんだね。意外~。んじゃこの子は凄い立場に居るってこと?」

 ふわりとファブロスの周りを舞う妖精は『そうよ』と返す。妙にファブロスの表情が複雑そうなのは気のせいだろう。

『そりゃもう。私達みたいな小さな精霊にとって、長い時を生きて、尚且つ力を維持しているこのお方は凄く憧れなのよ。あんたみたいなちっぽけな人間なんか足元にも及ばないわ』

 彼女の話を聞きながら、ファブロスはうぬうと言葉を詰まらせていた。現在、その人間の一人と主従関係を結んでいるとは言いにくい。どうやら相手は精霊の方が人間より優れているのだと思っているふしがある。決まり悪そうにしていると、遠方から自分らを呼ぶ声が聞こえてきた。

 サキトは泥塗れのまま、声がする方向を振り返る。

「クロスレイとオーギュ殿が戻ってきたみたい」

『うむ』

 その会話を耳にするや、少女はまた自分らを脅かす人間が現れたのかと不愉快そうな様子を見せる。

『ちょっと!人間が何人来るのよ!?』

「あと二人だよ」

『草取りに来たんでしょ!?あの草はあんた達みたいな低能な人間に扱える代物じゃないわよ!』

 ヒステリーを起こしそうな少女に、ようやくファブロスが口を開いた。すでに怒り狂っているような気がするが、自分が諌めれば彼女は落ち着きを取り戻しそうだと感じる。今はその蛍霊草が必要なのだ。自分には必要の無い物だが、主であるオーギュが必要となれば、どうしても手中に収めなければならない。

『その草が必要なのだ。特殊な塗料を作るのにそれが無いと困る』

 足音が近づいてくる。靄を潜り抜けて戻ってきたヒタカとオーギュは、周囲の状況の変化に不思議そうな顔を見せながら雑草を払っていた。

「ああ、良かった…どちらにいらっしゃったのかと。待っていた場所に居ませんでしたから焦りましたよぉ」

 顔面傷だらけになって帰ってきたヒタカは、サキトとファブロスの姿を確認できるなり安堵の吐息を漏らした。そんな従者の姿は慣れっこの主人は「お帰り」と返す。しかし、逆の従者の方は泥だらけのサキトを見るとぽかんと間の抜けた顔になる。

 綺麗な外出着が泥に塗れ、上質な革靴も完全に汚れている。その柔らかく美しい金髪にも付着していて、泥で遊んでいたのかと疑う位酷い。その異様な格好に、一緒にやってきたオーギュですら呆気に取られていた。

「サキト様…泥遊びでもしたんですか?」

「転んだんだよ。仕方ないでしょ、地面がこんな状態だったんだから。それに、泥で遊ぶ程子供じゃないんだけど」

 また余計な人間だ増えた事に少女は更に苛立っていた。きぃい、と言わんばかりに『ちょっと!』と怒鳴り始める。それまで静かな環境に居たのに、邪魔者がやってきて気が立っているのだろう。開拓やら何やらで身勝手に森林を切ってきた人間達に彼らが警戒するのも無理はない。

 飛んできた怒鳴り声に、初めてヒタカとオーギュは反応した。

「わ!小さい!」

「ふぁ、ファブロス。このお方は?」

『この草を取ろうとしたら出てきたのだ。勝手に取っていくな、とな』

 その先には青白く光る魔法の草。オーギュはそれを見て「おぉ」と感動する。暗がりでよく映えるその魔法の草が生成しているのを、初めて直接目の当たりにしたようだ。月の光を吸収するように輝く草の前を、少女がだめよ!と遮った。

『勝手に毟っていかないでよ!あんた達にやる義理は無いわ!』

 ここまで来て取るなとは、とヒタカは困惑する。サキトは溜息をついた。

「こんな感じなんだよ。折角見つけたのに、取って行くなってさ」

『いくらファブロス様のお願いでもこればっかりは聞けないわ!やっとここまで育ってきたのに』

 なかなか生息しているのを見ないという理由はそれなのだろうか。見つけたのはある意味奇跡なのかもしれない。このままでは埒が明かないと判断し、オーギュは「あの」と声をかけた。

『何よ』

 意固地な態度を緩めない彼女は、数歩寄ってきたオーギュを睨む。

「その草全部が欲しいのではないのです。その草に含まれている染料を拝借したいのですよ」

『何に使うのよ?』

「魔法書の復元です」

『あんた如きが魔法書の復元?ふん、笑わせないでよね』

 周囲の木々がざわめいてきた。ファブロスは空気の流れを感じ取ると、まずいなと声を漏らす。少女は右手を払って出現させていた靄を除去させると、不躾な侵入者を睨み据えて次の言葉を発した。

 ヒタカはサキトの腕を引っ張り、自分の後ろに引き寄せる。

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