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魔導師オーギュスティン14

 大人のキスをせがんできたサキトに、ヒタカは逃げ腰になっていた。望んでいるくせに、迫られれば我に返ってしまう。いけません!と半泣きで彼から離れ、怯える始末。

 頭の中のストッパーが、直前になって効き目を成したらしい。気付けば、サキトに『無礼をお許し下さい!!』と土下座していた。

 その先に進めば、確実に取り返しのつかないことになる。身に付いた社蓄体質がヒタカを縛り付けていた。

『…はあ。ムードぶち壊しだよ。折角僕が踏み込んであげたのに』

 へ?と目を丸くするヒタカから身を離したサキトは、『熱が下がるまで休んでて』と命じる。…結局、大人のキスというものが出来なかった。

 出来なかったら出来なかったで、やはり悶々としてしまうのがお約束。ヒタカは罪から逃れた安堵感と、やはりキス位しておけば良かったという後悔、更に何故踏み切れなかったのかという自責の念に唸ってしまう。

 本当は触れたくて触れたくて堪らないのだ。意気地無しと言われても反論出来ない。

 素直になれない自分が情けないが、今の良好な関係を壊したくなかった。これでいいのだと言い聞かせるしかない。

 ベッドの上でうねうねと動いていると、部屋の扉がガチャリと開かれる。その音に気付いたヒタカは、頭からすっぽりと布団を被りながら上体を起こした。

「クロスレイ」

「ひ!?は、はいっ!」

 またもやサキトが姿を見せる。気が休まる事が無いなと思わずにはいられなかった。しかも、普通に接してくるあたり、先程見せた危うさは何なのかと疑問を抱いてしまいそうだ。

「具合はどう?熱、下がりそう?」

 大丈夫です…とだけ返し、ヒタカは小さな主から目を反らす。記憶が脳裏にはっきりと浮かび上がり、まともに彼を見れない。サキトにしては、自分の事など何とも思わないだろうが、こちらは違う。意識したくなくても意識してしまう。

 サキトはほっかむりをしているようなヒタカに近付き、「顔がまだ赤いね」と言う。誰のせいでそうなったのかと恨みたくなるが、言えば話がややこしくなる。敢えてそれは言わず、すみませんとだけ返事をした。

「今夜」

「へ?」

「城の外に出る用事が出来たよ。オーギュ殿と一緒に、僕を守る役割をあげる。ベルを洗浄する為の材料を取りに行くんだ。だから、それまでに熱を下げなきゃね」

 情けない様子を見せているヒタカを見上げながらサキトは言う。

 日焼けし、所々に跡が残る従者の頬に指を滑らせてくる主を見返すと、熱くなっていた全身が再び熱を帯びそうだった。困惑して俯くヒタカに対し、無自覚に振る舞うサキトは「少し我慢してよね」と囁いた。

「んっ…?」

 両側の頬に、サキトの柔らかな手。翻弄されっぱなしのヒタカは、ついああっ…と呻いた。そのまま首筋まで撫でて欲しい、と犬のような心境に溺れかけていると、小さなサキトの唇から魔法の詠唱の文句が放たれていた。

 …彼の手から冷気を感じる。ひやりとした感触に、ヒタカが目を見開くと、「えいっ」と気合いの入った声が上がった。サキトの手の平から氷が生み出され、ヒタカの顔半分が具現化された氷に覆われてしまう。

「あー!!!!!」

 熱くなった身体が、一気に冷却されていく。

「あっ、やりすぎた」

 半端に氷漬けされた顔のヒタカは悲鳴を上げる。

「さ、サキト様!!冷たい!冷たいです!!」

「ちょっと加減を間違えちゃった。でも、冷たいでしょ、クロスレイ?」

「冷たっ、痛っ!」

 高い魔力を持つとはいえ、サキトはまだ魔法使いにしては未熟者の域だ。あの熟練されたオーギュとは違い、魔法の加減を図るには修練が必要だった。

 どうにかして下さい、と冷たさに苦悶するヒタカ。

「溶けない?クロスレイ」

 ガチガチにされかけている状態を、どうやって溶かせと言うのか。呑気なサキトに、ヒタカは焦り懇願した。

「お湯とか…!」

「お湯ね。ちょっと待ってて」

 被っていた布団まで凍りついて貼り付いている。熱冷ましするにはあまりにも酷い方法に、ヒタカは内心嘆いていた。間を空けてからようやくサキトが器に湯を張って戻ってくる。

 湯気が立ち込める湯を掬い、少しずつ氷を溶かしつつ、サキトは「目が覚めたでしょ?」と従者に全く悪びれる様子もなく問いかけてきた。

「氷が痛すぎます…」

 溶かしきった所で、ようやくヒタカは口を開く。

「夜、行けそ?」

「行けますけど、オーギュ様もご同行ですか?」

 ついでに冷たくなっていた顔もさっぱりと洗い、ミニタオルで拭いた。ようやく気持ちも落ち着いてきたようだ。普通にサキトに接する事が出来る。

 花のような笑顔で「そうだよ」と答えるサキト。その笑顔に、ヒタカはついぐっときそうになった。この小悪魔っぷりがいけない。外見に騙され、つい惑わされてしまう。ふんわりした金髪に、白い肌。ピンクの頬で、完全に自分の武器を分かっている仕草は、その気の無い人間ですら陥落させてくる。

「暗闇に光る野草を探すの。君の力も必要なんだから、しっかり手伝ってよね」

「は…はい」

 余韻でヒリヒリする頬を押さえ、ヒタカは頷き了承した。

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