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魔導師オーギュスティン10

 確かに、サキトに言っても改善してくれる訳ではない。自分の父親と和解する気もないアルザスは、ふんと口角を上げて嫌味に笑うと、「糞みてぇな体質に慣れちまって、自分も糞塗れになってるもんな」と呟く。

 サキトはやや不快そうな表情をした。

「君は父上が嫌いなんだね」

「顔も見たくない。温室育ちで、立派な両親に育てられてきたあんたには、一生かかっても分からないだろうさ」

 仕事に追われる身である為に、ゆっくり会話をする機会も無いのだが、顔を合わせれば甘えさせてくれる。それはそれで、見捨てられ育ったアルザスより恵まれているのだろう。

 長い睫毛を微かに揺らし、サキトは答える。

「…あまり顔を合わせないけどね。居ないよりは、居てくれた方がマシなのかな」

「顔を合わせたら目一杯甘えりゃ解決すんだろ。嘆く環境に置かれてないくせに、俺に同調してくれなくてもいいよ。…クロスレイの事は分かった。だけど、気持ちも無いくせに単細胞のあいつにいらねぇ事しないで下さいよ」

 彼らの気紛れでめちゃくちゃにされてはたまったものではない。貴族のような、自分らとは住む世界が違う人間にとっては、こちらの人間などどうにでも出来るのだ。同じように、生きているとは露ほど思わないだろう。

 かつて自分の父親が、自分に対して『お前が息子などとは認めない』と平然と言い放ったように。

 嫌な思い出を思い出し、アルザスは呻く。あんなもの、父と思いたくもない。人の皮を被った悪鬼だと言い聞かせ、自分が憎しみの坩堝に陥らぬように正気を保っていた。

「和解する気はないの?」

 サキトのお花畑に居る平和主義のような質問に、アルザスは意地悪く鼻を鳴らして嘲笑する。やはり、彼はダメだ、と。

「和解?ふん、俺の母親に土下座して、そのムカつく頭を俺に踏まれながら許しを乞うなら少しは考えてやってもいいけどね」

 確執の溝は相当深いようだ。サキトはそれ以上言うのを止めた。彼は溜息をついた後、「なかなか解決出来るものではないだろうからね」と呟いた。家族の問題は、他人にはどうする事も出来ない。

「クロスレイの事はちゃんと伝えたよ。じゃあ、僕は戻るから」

「分かったっす」

 用件は済んだ。サキトが詰所から出て行くと、アルザスは頭をがりがりと掻きむしり自分の席に座り、深く息を吐く。

 我ながら大人げない事をしてしまった。自分でも情けなく思ってしまう。何もかも恵まれたサキトに言ってもどうしようもないのは、良く分かっているのに。

 家族を養うには、しっかりした場所で働かなければならない。この城に勤めているからには、その『父親』と顔を合わせる機会もあるのは覚悟の上だ。向こうも、顔を見れば外で息子だと分かる。嫌になる程似ているのだから。本来ならば、相手は自分の過失で出来た子供の顔を見たくないはずだ。現に、相手は城に来てもこちらを見ようともしない。ひた隠しにしているせいで、顔を見合わせるのが怖いからだ。アルザスはそれを見越した上で、敢えてこの城内の護衛剣士に志願した。

 貴族らの集まりに自分が姿を見せる事で、あの男の犯した罪が白日の下に晒される。豪華な衣装で、得意気に仲間と会話している彼が、人間として最低な事をしてきたのかを他人に知らしめたかった。何故似ている者が貴族ではなく一般からの剣士でこの場所に留まっているのか。…勘の鋭い者は分かるはずだ。

 少しでも人の心を母親に見せてくれれば、ここまで追いかけたりはしなかった。剣士となり、初めて顔を会わせた時の事は、一生忘れたりはしない。

 嫌な記憶を思い出したように眉間に皺を寄せ、汚いものを見るように見下して「金をせびりに来たのか」と侮蔑を込めて言い放ったあの醜悪な顔。父に捨てられ、散々苦労して自分を育ててくれた母親を思うと、心の中でどす黒い物が生まれた。

 その心無い発言で、アルザスの目指す場所は決まる。

 もっと上の剣士を目指して、この恥晒しに自滅して貰う、と。似ている顔の自分を見て、周りの貴族は不思議に思っている所だ。それを察してか、父親はあまり城には顔を出さないが、噂好きの貴族に聞かれたら丁寧に答えてやる位の優しい気持ちはある。

 …その時期がくるまでは、大人しく道化になって職務に励んでやるよ。

 お花畑育ちのサキトも嫌いだが、生きていくには仕方無い。嫌いな人種の下で働くのも遣りきれないが、ここまできたからにはもう後には引けなかった。


 来客のオーギュの部屋へ戻ると、ベルキューズが待ちくたびれたのか『遅っせーよ!』とサキトに怒っていた。

『何ちちくりあってたんだ!』

「そんな事してないけど!…で、オーギュ殿、どう?ベルは修復出来そう?」

 あまりの品の無い言い方に、イルマリネは何と下品な…とよろめきそうになる。テーブルに薬品類を広げていたオーギュは、「どうにか出来そうですが…」と何かを含ませる返事をした。

「?」

「この近くに、蛍霊草という魔法草生えていませんか?夜間、月の光でぼんやりと光る霊草の一種なんですが、この本の状態がやはり少し悪くて。塗料が欲しいのです」

「けいりょうそう?…イルマリネ、知ってる?」

 サキトの言葉に、イルマリネはしばらく腕を組んで考えた末「夜間、警護剣士に巡回時に探させましょうか?」と提案した。光る草ならば、暗がりでも目立ちそうだ。

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