魔導師オーギュスティン6
顔を真っ赤にしながら、ヒタカは自分の部屋へ駆け込みベッドに突っ伏すと、頭から掛け布団を被り小さくなる。誘導尋問で知らぬうちに口から放った自分の言葉を思い出し、更に恥ずかしくなって頭を抱えてうねうねする。
何故あんな事を口走っていたのだろう。出てきた言葉は本音なのだろうかと自問するが、答えがはっきりと出てこない。乗せられたとはいえ、すぐに出てしまった言葉は完全に反逆の発言と捉えられても文句は言えない。
サキトが、別の相手を恋い焦がれる発言を耳にする度に胸が苦しくなるのは本当だった。いつからだったのか、初めはちくりと痛む程度だったのに、知らぬうちにじわじわと気持ちがざわつくようになっていた。時にはきゅうんと締め付けられるような息苦しさを覚え、やがて大きくなる。
認めたらいけない。認めたら余計苦しくなる。十歳以上離れた相手に、こんな事を知られては離れざるを得なくなる。欲しいとか、口が裂けても言えるはずがない。
求めたらいけない。求めて、何になるというのだろう。
嫌でも、サキトが望む限りは彼の傍に居なければならない。こちらが気持ちを押さえるしか、方法は無いのだ。
ざわつく胸をかきむしり、ヒタカはうう、と呻く。
「職務を全うして、立派になるんだ…」
何度も言い聞かせる。ここで躓く訳にはいかない。彼への気持ちは、少し行き過ぎた忠誠心だと納得させるしかない。
自分は彼に選ばれた剣士なのだ、と。
しばらく布団の中でじっとしていたその時だ。頭に、直接声が聞こえてきた。その声に、ヒタカはびくんと身を震わせる。
『(クロスレイ、まだ終わらないの)』
無邪気な小悪魔の声。ヒタカは間を置いて、返事をした。
「(すみません、まだ少し)」
さすがに、すぐ彼の顔を見れない。こんな気持ちで、サキトと顔を合わせられなかった。自分が、いかに主人に対していやらしい気持ちを持っていたのかを知られたくない。
『(終わったら戻ってきてよね!)』
「(は、はい)」
サキトは純粋に自分を求めているのだ。なのに、彼に対して理解しがたい気持ちを抱いてしまうとは、反逆行為も甚だしい。人間としては普通の感情なのだろうが、相手が悪すぎた。
数十分間、ベッドで丸まっていると、こちらにドカドカと近付く足音が聞こえてきた。閉じていた瞼を上げ、ヒタカは息を潜めていた。誰かが忘れ物を取りに来たのだろうか。
足音が自分の部屋の近くで止まった。変に思い、頭を上げると同時に、扉がバアアンと開かれる。身体を起こしながら、扉の方向に顔を向けた。
「ひい!!?」
「…やっぱり居やがった、このやろ」
「なっ、ななな、何ですかあ!」
真っ赤な髪を揺らしながら、アルザスはのしのしと勝手に部屋へ入ってくる。彼はヒタカが被る布団を引っ張り、床に放ると、弱る後輩の耳を掴んだ。
きつい痛みに、つい「いたたた!」と悲鳴を上げる。
「仕事中だ、馬鹿」
「………」
「そのムカつく逃げ癖、止めてくんねぇかな」
「………」
返す言葉が見つからない。どう返事をしようかと迷うヒタカを、アルザスは苛立たしげに舌打ちをする。引っ張っていた耳を放し、そのまま大きな身体を突き飛ばした。
わあ!とベッドに倒れるヒタカ。
「今の今まで、何度こうやって俺が迎えに来てやったと思ってんだ?仕事放棄して部屋に閉じ籠ってるヘタレの面倒を、なぁ~んで見なきゃならねぇんだよ?」
「ほ、放棄なんて」
「してねぇってか?休憩中ならくよくよするなり何なり好きにしろや!俺はお前に、休憩しろなんて一言も言ってねえぞ!!起きて早く詰所に戻れ!」
手間が掛からなそうで、物凄く掛かるタイプだと思った。剣士としては申し分無いのに、性格が柔すぎる。護衛剣士に任命されたばかりの時にも、何かしら逃げ出してはいちいち迎えに行っていたのだ。
お前がちゃんとしねぇと、俺が困るんだよ!!と何度部屋の扉を蹴飛ばしていた事だろう。一番上の剣士として、統括する立場の彼は、類を見ない性格の後輩にこの時ばかりは手を焼いていた。難解な問題にぶち当たると、自分で処理が出来ず脱走するその悪癖を最近見なくなったと安心していたのに。
以前は任務の関係で怒られたり、難しい場面に直面した時にこのような発作が起こっていたが、今は違う。
色恋で図星を刺されて逃走しているのだ。
「お前幾つだよ!」
「にっ…にじゅう、ななです」
「あぁ?」
アルザスは顔を引きつらせた。二十七にもなって、こんな子供みたいに脱走するのか。アルザスは情けない彼の腕を掴むと、「さっさとガキ王子の所に行けや!」と引っ張る。
ヒタカは首を振り、嫌がった。まだ心の準備が出来ていない。こんなみっともない姿をサキトに見られるのが怖かった。
「まだ!まだデスクワークが!」
「だったらここでグダグダしてる場合じゃねえだろうがよ!うぜぇんだよ、でけぇだけの男が女々しく引きこもってんのは!お前ナメてんのか!?」
今にも泣きそうなヒタカを、力一杯引き寄せる。いい加減にしろよと一喝し、「俺はお前のママじゃねえんだよ」と怒りを押し殺しながら言った。




