5 まさかの年下
馬車が門をくぐり市壁の内側に入る。外の様子が気になるが、エミリアンに注意された為、姿勢を正し真正面を見て座っている。これからは人目がある為、できるだけシェリーヌ姫らしく振舞わねばならないのだ。
『よく考えれば、めちゃやばいじゃん、私。王族の作法なんて全然知らないのに』
「あの……しばらくは、誘拐のショックと頭を打ったせいで記憶障害の為自室で安静……で、いいんですよね?」
急に不安になって訊ねると、エミリアンがしっかりと頷いた。
「はい。当分その言い訳で公式な場を避け、シェリーヌ姫としての知識や作法を覚えていただこうと考えております」
「そうですか。よかったぁ。いきなり王女様をやれと言われても、私はただの庶民ですからねぇ」
「そのことなのですが」
エミリアンは、不思議そうに幾分首を傾げて訊ねてきた。
「本当に貴女は元の世界で庶民でいらっしゃったのですか? とてもそうは思えないのですが。なんといいますか、学がおありになるような」
「ん? ああ、それはたぶんこの世界の庶民と私の国の庶民とで違っているからだと思います。私のいた国では、庶民といっても6歳から15歳までは全員学校に通って文字や計算、常識、歴史などを幅広く学び、その後ほとんどの人間が更にその上の学校に3年ないし7年、あるいは専門的な知識を得る為の特別な学校等に数年通います。私も卒業する22歳まで学生で、その後就職して2年というところでした」
「なんと」
私の説明にエミリアンは唖然とした表情を浮かべた。
「すると貴女のいた国は、庶民がみな22の年まで学問に専念し、なんら生産的業務に携わらなくても成り立っていたというのですか?」
「えーと、まあ、全部を人力に依存していたら無理だと思いますが、私のいた国ではたとえば農業一つとってもトラク、いえ、耕す機械や刈り取りや脱穀をしてくれる機械があって、人の何十倍もの早さでやってくれますし。あ、でも、もちろん、たいがいの農家の子は小さいうちから手伝いはすると思いますけど」
「そうなんですか?」
うまく想像できないらしくエミリアンは首を傾げてきた。
「あ、はい。これはもう実際に見ないと理解してもらえないと思うのですが、生活のあらゆる分野で機械が必要なことの多くをアシストしてくれるようになっているんです。自動車といって馬の代わりに機械で動く車が走ってますし、飛行機といって人を乗せて空を飛ぶ機械もありました」
「はぁ……。確かにちょっと想像がつかないですねぇ。申し訳ありません」
「あ、いいえ。混乱させてごめんなさい。とにかく、そういうわけで、庶民と言っても無学なわけではないのですが、それはもちろん元の世界での知識についてであって、この世界については無知に等しいわけなので、いろいろと大変だとは思うわけなんです。ただ、元の世界での知識の中に、歴史やファンタジーについて結構あって、それを元にうまく摩り合わせていければと思っています」
「そうですか。……それにしても……随分と落ち着いていらっしゃるとは思っていたのですが、貴女は私より一つ年上でいらっしゃったのですね」
しみじみと感心した風にそういうエミリアンの言葉に、こっちが驚いてしまった。
「えっ?」
『てことは、まだ23歳? その落ち着きで? いや、わがまま姫の世話で苦労して老成してしまったのかも』
そんな失礼なことを考えて思わず同情してしまった。
そういえばまだ自分の顔さえ確認していないけど、声や肌の具合からかなり若いよね、このお姫様。
「あの、シェリーヌ姫は何歳?」
「17歳になられたばかりでいらっしゃいます」
「はぁ。17歳ですかぁ」
『高校2年あたりって何やってたかな? 部活と塾で忙しかった記憶しか……』
思えば花のない高校生活だったなとほろ苦いノスタルジアに耽っていると、ふいに聞き捨てならない言葉が耳に飛び込んできた。
「はい。普通ならそろそろご結婚なされるご年齢なのですが」
「結婚!」
『いやいや。それは勘弁。あっちでは24歳でまだ未婚だったのに、17歳のお姫様に憑依した途端結婚とか無理』
だがその焦りはエミリアンの次の説明ですぐに解消された。
「いえ。姫の場合は、神の御意思が感じられないとおっしゃって、全ての縁談を断ってこられましたので、まだどなたともご婚約さえなされておりません」
「あ、そうなんですか」
よかった。どうやら王族の義務ともいえる政略結婚は回避されるようだ。
「貴女ご自身はどうなのですか? 元の世界でご結婚は?」
あまり聞かれたくない質問だったが、まあ仕方ない。この世界で女性の24歳はおそらく適齢期を過ぎているだろうし。残してきた夫や子供の存在の有無を気にかけてくれているのだろうと善意に解釈しよう。
「あはは。残念ながら。ずっと仕事が恋人状態でしたので」
うん、自分で言っててなんだけど苦しい。もてないやつの言い訳にしか聞こえないなぁとついむなしくなるのだった。