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 3  やっかいな肩書き 

扉が閉まり、馬車が動き出すと、私はどう言えば、どこまで言えばいいのか? はっきり決心がつかぬまま目の前に座っている騎士に声をかけた。

「あの……信じてもらえないかも知れませんが……」


騎士はまっすぐに私を見つめて黙って頷き続きを促した。その目の実直さに、彼が信頼できる人間だと感じ、私は勇気を出すことにした。

「私には先ほどの馬車で目覚める以前の記憶がありません。いえ、正確には、それ以前は別の世界の別の人間としての記憶しかないんです。そこでの私は普通の一般人で、仕事を終えて自分の部屋で眠って……目が覚めたら、あの馬車で縛られていました。だから、貴方が呼ぶまで自分の名前もわからなかったし、もちろん貴方の名前も、この国の名さえわからないんです」


「それは……」

騎士は酷く驚いた顔をし、それから、心配するように私に訊ねてきた。

「あの……事実なのでしょうか? 確かに姫のご様子が普段とはあまりに異なっていらっしゃる為、違和感はあったのですが。ですが、姫のご人格が変わるとか、それはあまりに……」


「はい。私も自分自身、正直信じられない気持ちで、まだ混乱しています。本当のシェリーヌ姫の心がどうなってしまったのかもわかりません。入れ代わったのか、この体の中で眠っているのか。ずっとこのままなのか、本当に何も。……そして、私がこの状態にあることを周囲に知られても大丈夫なのかが、判断できないのです。もちろん、違う世界の人格がというのはまずいとわかるのですが、記憶喪失ということであっても大丈夫かどうか。それで、貴方にお聞きしたいと思ったのです」


私の言葉に、しばらく騎士は考えこんでしたが、やがて大きく息を吐いて決心した様子で言った。

「わかりました。私は姫の騎士です。貴女がどういう方であれ、今は紛れもなく姫ご自身なのです。貴女を信じましょう。もちろん、今まで通りお守りしお仕えさせていただきます。それで……そうですね、誘拐時に頭を打たれ、記憶に少し障害がある程度なら大丈夫でしょう。完全に記憶がないということになりますと、甚だ問題が出てきてしまうのです。貴女は……伝説の姫巫女なのですから」


「はっ?」

『伝説の姫巫女?』

意味がわからず唖然とすると、騎士は私の目をじっと見つめて告げた。

「我が国には、伝説があります。王家に生まれし娘で、昼と夜の瞳を持ちし者、神の導きにより繁栄と平安をもたらす姫巫女とならん。そして……姫の右目は昼の空と同じ青、左目は夜の黒。つまり姫こそがその伝説の姫巫女なのです」


『うわぁ~、なんかとんでもなくやっかいな予感が』

伝説のなんたらなど、他所で見ている分にはいいが、当事者になんかなりたくはない。私は極々平凡がいいのだ。

「それで? 今まで私は何をしてきたのでしょう?」

肩代わりするべき勤めを恐る恐る訊ねた。


すると、騎士は小さく首を横に振って目を逸らせた。

「特に何も……」


「えっ? 何も?」

「そうです。姫はご自分の望みが全て神のお導きだとおっしゃられるだけ……」

「えーと、何も役に立つことなんかしないで、ただ贅沢して遊び惚けてたとか……ですか?」

不安気に訊ねる私に、騎士は慌てた様子で取り成してくる。

「いえ、そうではありません。……昨年の冬は国民に餓死者が1000人出ましたが、姫の祈りがなければもっと被害が広がっていたはずだとおっしゃられていました」


『いや、それは後付けだろ、絶対』

「あの……なんか、すみません」

思わず謝罪すると、騎士は「いや」と首を振ってその謝罪は不要だと告げた。

「私個人の意見をお許しいただけますなら、もともと姫お一人にわが国の繁栄を期待するなど横暴なのです。国家というものはただ一人のお力でなんとかできるものではありません。それを瞳の色が伝説に合致しているというだけで、みな、姫に勝手に期待し、望みの結果が出ないと裏切られたと批判する。姫のお心が荒れてしまわれても、致し方ないかと」


「荒れていたのですか、私は」

「ハッ。申し訳ございません」

言わずもがなのことを口にしたことに騎士が恐縮する。だが、その説明で私にもおおよその見当はついてしまった。

『そりゃねぇ。周囲に勝手に過度な期待されたら荷が重いわよね。反面、きっと機嫌を損ねないように我が侭放題に甘やかされてきただろうし。うーん、ただのお姫様でも現実にやるとしたら大変そうなのに。困ったな』


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