27 フォークがあった
書斎(そう呼ぶことにする)を出ると、すでにテーブルも運び込まれ、食事の準備ができていた。それに、壁際に見慣れぬ3人の楽師らしき男たちがいて、私が出てきた途端、各々の楽器を引き出した。一人は立って小型のバイオリンみたいな物を弾き、もう一人は笛、最後の一人は椅子に座ってハープのような物を膝の上に乗せているが、その土台部分には鍵盤がついていて、それを弾いている。よく見ると弦かと思ったのは長さの違う細いパイプだった。
『ポータブルパイプオルガンみたいなもんか』
晩餐会ならともかく、普通の食事でも生伴奏付きとは贅沢なものだ。それがこの国の習慣なのだろうか。それとも、客を招いての食事なので気を利かせたのか?
『まあ、後で聞いてみればいいか。それに……』
余計なことに気を取られて、テーブルの横に畏まって立っているエミリアンをあまり待たせても悪いしね。
王族との食事にドレスコードでもあるのだろう、先ほどの服装から改まった感じの服に着替えてきている。スタンドカラーの上着は、一見黒と見間違える程の濃い紺。ミッドナイトブルーとかいう色だな。それに衿、両肩から胸にかけてVの字に金糸銀糸で豪華かつ繊細な刺繍が施されている。袖口にも肘辺りまで同じ刺繍がある。膝まである裾の縁にも。
『うん、なかなか決まってるな』
この世界の美的感覚と私の感覚にはあまり相違はないらしい。その証拠に、控えている侍女たちが、うっとりとした顔でエミリアンを見つめている。中には切なげな吐息を漏らす者まで。
『これは……おい、エミリアン、恋のチャンスだぞ』
だが、この生真面目な護衛隊長殿はそんな私の視線の意味に気づくことなく、深々と一礼し堅苦しい挨拶を述べる。
「本日は姫様とのご陪席の栄誉に浴し、誠に身に余る光栄で、恐悦至極に存じます」
『うん、わかったから。それより、気付いてやれよ、あの熱視線』
ともかくまず席に着こう。テーブルに近寄ると、よかった、心配していたようなナイフ一本だけではなくて、スプーンと、そしてフォークがあった。二又ではあるが。
『これは、まだパスタがないのか?』
それとも、パスタはあるがまだ庶民の食べ物で、手づかみで高く持ち上げて下から口ですするといった昔の食べ方をしているのかもしれない。もしそうなら是が非でも4つ又フォークを普及させねばね。
私がテーブルを見てフッと笑ったのを不思議そうに見つめて、エミリアンが訊ねてきた。
「どうかなさいましたか?」
「あ、いえ。ちゃんとカトラリー、つまりナイフの他にフォークやスプーンもあるなと思って」
そう言いながら席に着くと、続いて向かいの席にエミリアンも座って、「ああ」と頷いた。
「フォークは、確か前王妃コンスタンシア様がブローサ帝国の習慣としてお持込みになられたのですよ」
「それでは、それ以前はやはりナイフだけで?」
「はい。今も王宮以外では、昔のままナイフのみを使用して食べる機会が多いですね。それに、このように客用の分まで用意して頂けるのも珍しいのですよ。たいがいの場合、ナイフ、スプーンは持参ですから」
「えっ、そうなの?」
中世ヨーロッパの食事ではフォークがなかったのだけは知っていたけど、ナイフ持参までは知らなかった。ただ、この世界は似ているが地球そのものではないので、習慣も少し違っているのかも知れない。
『幸い、もう陶器のお皿もあるみたいだしね』
ホッとしながら目の前の皿を眺める。よかったアンダープレートはトレンチャーのパンじゃなかった。
バスタオルほど大きなテーブルナプキンを手に取り、大きさからみて首からかと思ってエミリアンを見ると膝の上に広げている。危ない、あやうく恥かくとこだったと思いながら、同じように膝にかける。しかし大きいな。
『正式な晩餐会とかだとフワッと広がったドレスを着るからかな?』
給仕係だろうか初めて見る男性が、大皿に盛った料理をテーブルに並べていく。花びらの浮いた水入りのボールを両手で持った侍女が近寄ってきた。手を洗うらしい。手を入れるとぬるま湯で気持ちいいが、花びらがくっついて邪魔だ。もう一人の侍女がタオルを差し出して、それで拭う。テーブルの上にはフィンガーボールも置かれている。
目の前に少し深めの皿に入ったポタージュスープが置かれる。豆のスープだろうか、薄い緑色をしている。そして、テーブルの上に並ぶ料理たち。……今夜はエミリアンと二人だけで食事だよね? 鱒っぽい魚のムニエルと、鶏の丸焼きと、豚だろうか何かの肉をローストした物と、何かのパイと、オムレツと、四角い器に入ったグラタンみたいな物と、飲み物の入ったグラスが並んでいる。それに、パンと、白っぽいチーズかバター?
『すごい量だなぁ。それにカロリー高そうなメニューばっかりな気が……』
恐る恐るスープに口を付ける。うん、ちょっとしょっぱいけどなかなか美味しい。これなら大丈夫とホッとする。
エミリアンがパンをちぎって例の白いクリーム状の物を塗っている。
「それは?」
念の為に聞いてみると、
「豚の脂です」
との答えが返ってきた。
『えっ、ラード?』
一瞬抵抗を覚えたが、そういえば外国ではシュマルツといって、パンに塗って食べたりもするって聞いたことあったなぁと思い出す。サーロとかいう豚の脂身の塩漬けもあったはず。
『でも、どう考えてもすごく高カロリー。あれはやめておこう』
せっかくのこの華奢な体、いつになるかはわからないけど本人に返す時までちゃんとキープしておかないと。コロコロに太らせてしまったら申し訳ない。




