2 迎えの馬車が派手
「王都、リュベック……」
どう考えても、日本じゃない。第一、目の前の男性も日本人じゃない。黒髪だが目は緑色で、肌の色や顔立ちは明らかに白人。そして、動けるようになって目に入ってきた私の腕も白い。黄色人種の肌ではない。さらに、髪の色もクリームがかった金髪だ。かつらではとこっそり引っ張ってみたが、しっかり地肌と繋がっていて痛かった。そして、何より……。
「私はどうして……」
『こんな事態に?』
「姫は……お忍びで街を散策中に暴漢に拉致されたのです」
「お忍び? 街を?」
思わず、自分の身に着けている衣装を見下ろす。ふんだんにリボンやレースがあしらわれた濃いピンク色のドレス。確かパニエといったかでスカートも大きく膨らませてある。だから、攫われたとしても、てっきり宮殿内から誘拐されたのだと思っていた。それほど、着ている衣装は豪華だ。こんなものを着て街中を歩くなんて、正気の沙汰ではない。せめて地味な色のフード付きの大きなマントで全身隠さねば、誘拐してくれって誘っているようなものだ。
「馬鹿?」
呆れて思わず洩れた呟きに、責められたと誤解したらしく騎士が「ハッ」と再び頭を下げた。
「姫の外出に気がつかなかったことは護衛隊長である私の落ち度。また、面前で姫を攫われるといった大失態を招いた侍女。死をもっての厳罰も致し方ないと覚悟しております。ですが、できますれば、一族への処罰はご寛大に。せめて一命だけでもお赦しいただければ」
『いやいやいや。どんな暴君だよ、私』
護衛を出し抜いて侍女と二人城を抜け出した挙句、誘拐されて、それを目の前の彼に助け出されたということらしい。それで、助けてくれた相手を死刑とか、ありえないだろ。ただ、その侍女というのが誘拐犯と共謀していた可能性もある。簡単に許すとは言えない。判断を下すにはまず絶対的情報量が不足しているのだ。
私が無言でいるのを、拒否と取ったのか、騎士は苦しげに眉を顰めた。私は慌てて、その誤解だけは解いておくことにした。
「貴方に助けていただいてこうして無事でしたから、事を荒げたくはありません。それに、無断で城を抜け出したのは私の過失。そのことで誰かを罰せねばならないとしたら、真っ先に私自身が処罰されなければならなくなります。ただ、この誘拐劇の裏に何かなかったのか? それだけはしっかり追求する必要があるとは思いますが」
「シェリーヌ姫?」
今度は驚きを隠さず騎士は私をまじまじと見つめてきた。何かおかしな発言をしただろうか? 不安に思いながらも、とりあえず自分の名前がシェリーヌだということを知った。
その時、馬車の外にいる騎士から声がかかった。
「隊長。姫の馬車が到着しました」
「そうか。では、姫、あちらに移りましょう」
促され馬車から降りる。知らない世界の大地を踏む。石畳かぁ。これは揺れるわな。そんなことを思いながら、周囲を見回す。進行方向側には山が迫り、麓に城壁に囲まれた街がみえる。おそらくあればリュベックなのだろう。そして、目の前には草原というよりは半分荒地に近い地面がむき出しの赤茶けた景色。後方には森が広がっている。そして、街道には今まで乗っていた馬車を含めて5台の馬車。私を攫った男はすでにそのどれかに押し込められているのだろう。
『それで、私の馬車は……って、あれかぁ』
黒い5台の馬車の後ろから近づいてくるのは、白いボディに金で装飾された無駄に派手な馬車。遊園地か、観光地の教会での結婚式にでも使われそうなやつだ。
『お姫様。国民の税金は大切に使おうよ』
そんな思いを抱きつつ、促されるままにその金ぴか馬車に乗り込む。
「シェリーヌ様、よくぞご無事で。心配致しましたぁ」
中で待っていた侍女らしき女が、涙を浮かべながら安堵の言葉を口にした。だが、その目には大きな失望の色が見える。
『こいつは信用できない!』
私の本能が、警鐘を鳴らした。
「あの」
私は咄嗟に振り返り、騎士に声をかけた。
「お話があります。できれば二人きりで。今すぐに」
「姫?」
「シェリーヌ様?」
不審そうに見つめてくる騎士と侍女に向かって、私は困ったような笑みを浮かべて言った。
「城に戻る前にはっきりさせておかねばならないことがあるのです」
「わかりました。では、貴女は後ろの馬車へ」
「ですが」
戸惑い抵抗を示す侍女に向かい、騎士が断じる。
「姫のご命令です」
それに対し、しぶしぶと侍女は引き下がっていった。
「わかりました。それでは、失礼致します」