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 1  コスプレ誘拐犯?

ガタガタ、時折ガタッと大きく揺れる。その絶え間ない振動に意識が浮上した。

『ん? ここは?』


うっすらと目を開けると、向かいの座席にはブラウンの髪の男が一人腰掛けている。だが、その格好は恐ろしく時代がかっている。

『コスプレ?』

まるでゲームや映画に出てくる中世ヨーロッパの貴族のようだ。縁を金の刺繍で彩られた黒の襟無しで膝下まである長い上着。中のシャツも黒でスタンドカラーの部分にも金糸で刺繍がされている。腰には幅広の革のベルトが巻かれ、本物だろうか?剣が差してある。ズボンは長い上着でよく見えないが、靴は編み上げの黒のブーツを履いているようだ。そして、視角からすると、どうやら私は座席に横になっているらしい。


『ああ、これは夢なんだな』

そう思いつき再び目を閉じる。だって、眠ったのは自分の部屋。どこにでもある極ありふれた1DKの賃貸マンション。残業で終電に間に合わず、タクシーで帰ってきて、倒れこむようにベッドに横になったはずだ。


疲労がこんなリアルな夢を見せているのだろうか? 時々大きく揺れるたびに頭にじかに響いて辛い。せめてクッションを添えて欲しい。それに、自由にならない体が痛む。身動きしようとして気がついたのだが、どうやら後ろ手に縛られているらしい。こっそり外そうとしてみたが、手首が擦れて痛むだけだった。口も猿轡をされている。アデノイド気味で鼻だけでうまく呼吸できず、いつも歯医者では苦労しているのに、結構どうにかなるもんだなと、変に感心してしまう。さすが、夢だ……。


そこまで考えて、ふと違和感を覚える。

『夢なのに何故痛みがある?』


目を開けると、前の席の男と目が合った。男は、ニヤリと笑うと、話しかけてきた。

「お目覚めですかな、お姫様。できれば着くまでそのままおとなしくしていてくださいよ。怪我をさせるなとの命令を受けていますのでね。手荒な真似はしたくないんですよ」


耳に入ってくるその男の言葉は日本語ではない。だが、何を話しているか理解できている。

『誘拐されたお姫様って設定?』

夢には願望がでることもあるらしいが、攫われたいと思ったことはないな。そんなことをぼんやりと考えていると男が立ち上がり、私の首に触れてきた。

「細い首だ。片手でも折ることができそうだな」


今度こそはっきりと目が覚めた。ひんやりとした男の指に触れられた瞬間に湧いた悪寒。これは夢などではなく、現実なのだ。


『な、なんで? 誘拐たって、ド庶民の私を攫っても身代金なんかでないよ。てか、馬車?で誘拐はないよね。日本でそんなの走らせたら、そりゃ目立つ。いやいや、この揺れ具合、ちゃんと舗装されてないだろ? どんな田舎だ。てか、何故外人が私を。そもそも外国語なのに何故わかる、私?』

一度にあまりにたくさんの疑問が押し寄せてきた。そのせいで、混乱しまくっていた私には、前方の御者台らしきところからの叫び声や、男が慌てた様子で窓に向かい、舌打ちをしたことの意味を咄嗟に悟ることができなかった。


ガタンガッタン、いきなり速度を上げた馬車が激しく揺れだした。瞬間的に体が浮き上がり、固い座席に打ち付けられる。それでもまだましだ。気をつけていないと、座席から床に転落してしまいそうた。

『猿轡されてる分、舌を噛まないだけましか』

そんなこと考える自分は、まだどこか現実感に乏しいのだろう。


ガタッ! 馬車が大きく揺れて止まる。咄嗟に剣を抜いて私に手を伸ばしてきた男だったが、それより一瞬早く、両側の扉が開き、突き入れられた複数の槍が、男の動きを封じた。


「動くな! 剣を捨てろ!」

私からは見えないが、扉の外にいる男の命令に、目の前の男は諦めた様子で大きくため息をついた後、素直に剣を足元に捨てた。途端、反対側の扉から入ってきた鎧をつけた騎士が男の腕を掴んで馬車から引きずりだした。


『これは、助けが来たってことでいいのかな?』

新たな誘拐犯にバトンタッチでなければいいのだが。そんなことを考えていると、乗り込んできた騎士に声をかけられた。

「姫、ご無事で」


騎士は、私を抱き起こし、猿轡と手の拘束を解いてくれた。私は、自分の言葉がどう発せられるのか、果たして通じるのか、不安に思いつつ礼を述べた。

「あ、ありがとう」


「ハッ」

目の前の騎士は、一度酷く驚いた様子で目を大きく見開いたが、すぐに頭を下げ騎士の礼を取った。私は、自分の言葉がやはり日本語でないことに動揺しつつも、とりあえず相手と意志の疎通ができることに安堵した。


ブルッ。安心した途端、不意に寒さを感じ鳥肌がたった。

「寒っ!」

震えに両腕で自分を抱き締めると、騎士は慌てて自分のマントを脱いで、かけてくれた。

「申し訳ございません。今はどうかこれで我慢してください」

うわっ、これは恥ずかしい、普段全くされなれていないお姫様扱いと、男物のマントの大きさと温もりに赤くなりそうな顔を伏せて小さく頷くのが精一杯だ。


って、照れてる場合ではない。まずは現状確認をしないと。

「あの、ここは?」

『日本ではないんですよね?』

私の問いに、騎士は端的に現在位置を述べた。

「王都から南におよそ30キロ。リュベック付近になります」


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