傷痕
なんか、勢い余って三話目です。
今回は主人公「月城零志」の持つ傷の話
彼の過去はありふれたものではないし、むしろ不幸の類です。
そんな彼から見た世界の話
「気分が悪くて保健室にいたって聞いたけど大丈夫か」
放課後、俺は約束通り生徒指導室に来ていた。
「ええ、少し休んだら治りました。最近は休む暇が無かったから疲労が急に来たんだと思います、それで? 俺に用って?」
少し急かす、無駄話に付き合う時間など無い。
しかも最悪なことに、これからこの先生が言おうとしているのか分かってしまった。馬鹿正直にここまで来たのを激しく後悔するが、もう遅い。
しかし伍嶋は俺のそんな心を知ってか知らずか話を続けた。
「よかった、俺はてっきりお前の古傷が開いたんだと思ったから」
「古傷……」
「ほら、もうすぐ三年になるだろ? お前の親父さんの命日……」
「ああ……」
できれば触れて欲しくない傷、この教師は抉り返した。
俺の親父は刑事だった。
俺が生まれた時から忙しかったらしく、あまり家に寄り付かなかった。
母親はそんな親父を誇りにしていた。
俺もそんな親父が誇りだった。
母親は俺が7歳のころ病気で亡くなった。
その当時は何が何だか分からなかったが、今ならよく分かる。
母親は筋ジストロフィーだった。
かなり前から兆候はあったらしい。
その時も親父は仕事にかかり切りだった。
うちには祖母が世話をしに来ていたが、結局母は助からなかった。
親父は葬式にさえ出席しなかった。
当時小学生だった俺でもよく覚えている。
雨が強かった日だ。
爺ちゃんは「涙雨」って言葉を教えてくれた。
その後、親父は俺がまだ小学生ってことと周囲の強い勧めがあって再婚した。
それが今の義母だ、義母には俺より2歳下の娘がいた。
もちろんおれの義理の妹。
それ以来、俺は親父と義母との関係にギクシャクしたものがある。
親父と義母は俺にあまり強く言わなかったし、俺は俺で「新しい家族」が嫌いだった。
その数年後、親父は殉職した。
昔、逮捕した奴の逆恨みだそうだ、家に来た赤城という刑事が俺に親父の死を伝えに来た。
久しぶりの帰宅時に起こった不幸らしい。
親父の胸には紙袋が抱えられて、その中には俺が前にたまたま義母に欲しいと漏らした有名な作家の本が入っていた。
多分親父はそれを義母から俺に手渡させるつもりだったのだろう。
昔から親子そろって不器用だった。
不思議と赤城刑事から親父の死を聞かされても涙は出なかった。
悲しくなかったわけではない、ただどうすればいいのか分からなかった。
その後、家族を養うために義母が働きだした。
今では義妹が学校に行けるように俺も働いている。
ギクシャクした関係が直ったわけではないし、俺は今でも親父を許せない。
ただ少なくとも、今の家族関係を「親父の置き土産」と茶化せるところまでは回復させたつもりだ。
今となっては笑い話だが、親父が死んだあと俺はなぜか親父を刺した奴に復讐をしようとして、深夜の繁華街を何日も駆けずり回った。
今考えたら大きな笑い話にしかならないのだが、その時はこうしてればいつかは復讐する相手に出会えると本気で思っていた。
もちろん中学生がうろうろしてところ構わず喧嘩を吹っ掛けるからすぐに補導された。
警察の多くは俺に同情的(親父の知り合いが多かった)だったが、やはり補導は補導なので義母が呼ばれた。
そのとき義母が来て警察と一言二言話して俺を連れて帰ったが、その帰り道初めて義母に本気でぶたれた。
その後……その後俺はなぜか感極まって深夜の繁華街でも特に人目が付くところで義母と二人抱き合って哭き喚いた。
おかげで交番に逆戻りさせられたが……。
思えば親父が死んでから泣いたのはあれが初めてだろう。
それ以来、なるべく親父の事を頭から締め出そうとしているのに、この熱血教師は見事に古傷を抉った。
ただ一概に伍嶋が悪い訳でもない、この男はただ単に俺を心配しただけなのだが……、
正直いい加減にしろ、と叫びたかったのも事実だ。
結局、俺は伍嶋の話に適当に相槌を打っていた。
四十分話し続けてやっと解放された。
熱血というのは個人的には嫌いではないのだが今回は時期が悪かった。
伍嶋の話は結局、俺にとっては無闇に頭の中を引っ?き回されただけで何ら得るものが無かった。
これからは伍嶋の呼び出しはなるべく無視することにしよう。
赤城刑事は作者が書いている別の物語の登場人物です。
零志の傷は今でもまだ抉れたままです。
それが何を意味するかは……この後の話で重要な位置を占めていきます。