愚者問答
二話目です。
ここまでは昔書き溜めていたものがあったのです。
ただ、今と作風が違いすぎて(ギャグなしの真面目ちゃんでした)編集を加えるとおかしなことになっちゃいます。
ここから先は、シリアスしつつもギャグも入れるので皆さん温かい目で見守ってください。
空気が一瞬で凍る。
別に嫌な凍り方ではないのだが……。
なるほど確かにこれは教室では話せないなとも思う。
もちろん痴情のもつれなどという話ではない。というか残念ながら俺の痴情はもつれたりしない、その時間がない。
星場葵、俺のクラスメイトで俺と同じクラス委員、女子(♀)。
多分それしか接点が無かったのだが、彼女は二週間前に突然の失踪をした……。
失踪あるいは蒸発でもいいだろう。
本当の意味で蒸発だ、彼女の母親の言葉を借りて言うならば「普通に学校に行ったはずなのに……」だそうだ。
学校へ登校する最中に失踪とのこと。
一時期警察沙汰になり、学校に多数のマスコミが押しかけた。
警察に失踪届けも出され、いまだに学校の女子の間では「彼女は神隠しにあった」だの言われている。
彼女の母親から俺のバイト先にも依頼が来ており、俺も多少は関わっていた……。
まるで漫画のような話だが全部事実だ。
実はその時に先輩の家の力(千条家はこの町の名家だ、一度だけ家に行ったことあるが金持ちすぎて呆れるばかりだった)を借りており、その時の『借り』のため情報が入るとちょくちょく先輩に報告している。
「手掛かりがまったくつかめません、そもそも彼女は俺の印象だとかなり消極的でしたからね。あんまり誰とも喋らなかったような……。だから面倒なクラス委員なんかに祭り上げられたんだし。そんな彼女が自分で失踪なんて俺には考えられないですね」
「そう……」
ちなみに俺はクラス委員に立候補してなった……わけではない。男子が誰も立候補しない状況で担任の伍嶋に「お前やれ」と一任された。
最近は同じクラス委員の奴が急に居なくなったことで俺の仕事が急に増えた。
だから最近は結構忙しい。体育祭が近いため準備等々があるのだ、そのせいで先輩と喋る時間がめっきり減った。
そうはいっても失踪とは穏やかな話じゃあないので俺としてはこれでも結構心配しているのだが……。
何しろ失踪と結び付けられるものが何一つ無い。警察の捜査も進まない。
それよりも問題なのは行方不明者が一人ではないことだ。
店長の話なので俺も詳しくは知らないが、星場の前にも幾人か行方不明者が出ているそうだ。
しかも全員ヒントになりそうな共通点が一つもない。
未だに手掛かりすら見つかっていないらしい。
「どうして消えちゃったんだろうね」
先輩がポツリと呟く。
……どうして、か。こっちが聞きたいくらいだ。
しばらくしてから俺たちは他愛もない事を喋り続けた。
まるでこの世界から俺たちの存在が消えてしまうのを防ぐように。こうしていれば世界が壊れないと信じているように……。
午後の授業はなぜか星場のことがやけに気にかかって授業に集中できなかった。
「Now……Mr,Tukisiro!!」
不意に名前を呼ばれて心臓が跳ねた。
慌てて現実に意識を戻す。
教壇の上から英語教師がこちらをじっと見ている。
英語の授業中だということは覚えていたが、
教師に注意を払うのをすっかり忘れていた。
年の若い女教師は、呆れたように溜息をついて零に質問をした。
「英語で『眠る』を意味する単語は?」
教室のあちこちで失笑が起こる。
「……『sleep』です」
「じゃあ『夢』は?」
「……『dream』」
決して厭な教師ではない、むしろ高校教師としては優しい方だろう。
この質問だって意地悪というよりは罰ゲームのようなものだろう。
しかしそれでも、恥ずかしいことは変わらない。
「それじゃあこれを訳してみて『To some time ago, the moon prince slept. But now, that is in daydream』」
クラスメイト達は『moon prince』のところで堪え切れなくなり、『daydream』で爆発した。
……どうやらぼんやりしているのを見られたらしい。
「すいません」
零はクラスの笑いを買いながら謝った。
「よろしい、午後の授業は眠いだろうけど頑張って」
英語教師が授業に戻った時、零は別の事を考えていた。
確かに星場はクラスではおとなしい方だったし、どちらかといえば独りぼっちでいた事の方が多かっただろう。誰かと話すのも苦手みたいだったし。
それでも彼女が居なくなった時は少なくともクラス全員彼女の事を心配した。
それなのにたった二週間で誰もが彼女の事なんて気にも留めなくなった。
もちろん彼女が戻ってくるまでずっと気に掛けてろ、などというのは酷であろう。
だが、誰もそんなこと気にする素振りさえも見せない。
彼女が居なくても世界は変わらず回る事をあざ笑うかのに…………。
急に寒気がした。
一体、自分の居場所はどこにあるんだろう。
自分の周りにいるクラスメイトがいきなり途方もないバケモノに見えてきた。
人一人の居場所など彼らには所詮他人事なんだろう。
こんな場所からは早く離れたい気持ちに駆られる。
結局俺は気分が優れないと嘘をついて教室を抜け出した。
この物語の人物達にはそれぞれ傷があります。
少なくとも全員、自分の過ごす「日常」にうんざりしています。
ただ、主人公の場合は少し違った「日常」です。
それでも、本人から見れば嫌な毎日であることには変わらないでしょう……。